高知市桟橋通2丁目の同市子ども科学図書館の片隅に、一匹の古ぼけたヒョウのはく製が展示されています。訪れた子どもたちの多くは、ケースをのぞき込み「何これ? 本物?」と不思議そう。俳優の浜畑賢吉さんが書いた「戦場の天使」という本にも登場しているこのヒョウの名前はハチ。このほど、子どもたちを巻き込んでハチのはく製の修復をしようと浜畑さんたちが動き始めました。今回は、約60年前の戦争に巻き込まれ、大きく運命を変えたハチの一生をたどります。
■なくてはならない存在
太平洋戦争直前の中国湖北省の日本兵の駐屯地。高知県出身の故・成岡正久さん率いる兵士たちはある日、親とはぐれたヒョウの赤ちゃんを保護し、自分たちの子どもとして育てることを決意します。成岡さんが第八中隊に所属していたので、この子ヒョウは「ハチ」と名付けられました。
ハチはすくすくと成長し、高熱を出した成岡さんの手や顔をなめて看病したり、見張り役の歩哨兵に付き添ったり。戦いで身も心も磨り減った兵士たちにとってハチは、なくてはならない存在になりました。
しかし太平洋戦争が始まると、兵士たちはあちこちの戦場に移され始め、成岡さんたちのもとにも転戦命令が。
「ハチとの楽しい生活が、もうできなくなってしまう」。ハチの行く末を案じた成岡さんは、日本の動物園に引き取ってもらうことにしました。
1942年、ハチは東京の上野動物園に引き取られましたが、翌年の8月に「人間が飢え死にしそうなのに、動物など飼っていられない。動物園が破壊されて、猛獣が町に逃げ出しては危険」という理由で毒殺。多くのほかの動物とともに戦争の犠牲になってしまいました。
ハチの死を知った成岡さんはひどく悲しみ、戦後、はく製になったハチを動物園から譲り受け、故郷の高知に連れ帰ったのです。
■ケースの中で…
現在、ハチのはく製は同図書館のガラスケースの中でひっそりと保存されています。
図書館に遊びに来ていた潮江東小6年の中越みずきさんと、梁川奈穂さんは、図書館の指導員さんからハチの話を聞くと、「初めて見た時は怖かったけど、殺されないかんかったのはかわいそう」としんみり。
ハチのはく製は、今はすっかり色があせ、足からは鉄の棒が見えている状態。高知市も修復の話を進めていましたが、このほど、浜畑さんらが「はく製を作った時の状態にまで直そう」と「ハチの剥製を修復する会」を発足。修復基金の協力を呼び掛けています。浜畑さんは「なるべく、子どもたちにハチの修復に参加してもらいたい」と話しています。
成岡さんの長男の直正さん(57)は、「はく製の状態が良くないことはハチにとっても家族にとっても悲しいこと。修復されるのはとてもうれしいです」と話しています。
ハチは今も図書館で、訪れた子どもたちに、多くの人間や動物が犠牲となった戦争の真実を伝えています。皆さんもぜひ、図書館まで足を運んでみてください。
修復基金は、一口当たり1000円。子どもたちにとっては高額なので、学校や地域でまとめても構いません。締め切りは12月10日。振り込みは郵便振替で、「ハチの剥製を修復する会」=口座番号00110―3―648282=。問い合せは、角川春樹事務所書籍編集部内(03・3263・5247)まで。
募金は終了してます。
気になった方は『会いに行って』やってください。
