言葉って・・・・

怖いね、本当に怖い。



この歌の歌詞が、おそらく本来の目的や意志とは違う意味にしか聞こえない僕が居る。

心象風景が作り出す、感じる世界は人それぞれに千差万別だから仕方ないけど。



書ききれないから書く事を放棄してしまっていますが。。。。



生きている事、いつか死ぬ事。

存在する事、存在が消えやしない事。



生まれるとか朽ちるとか、その意味は人間的感性とは違う観点で理解したうえで

それでも、生まれ変わっても愛するだろう感覚は理解できるし、よく解るけど。。。。



君に向けた想いも愛も、これから誰かに向ける想いも愛も

それは想いであり愛であって、それ以上でも以下でもなく、ただ僕と云う存在の想いであり愛でしかない


だから、それが誰かにとって、それが何なのかって疑問すらも、毛ほども意味は無いんです。



僕が誰を想い誰を愛していようとも、それは僕だけの価値で、僕の心象風景の問題でしかない。


だからね、、、、誰かと居る必要なんて本当には針を通すようなすごく小さなエリアにしか意味が無い。


何も求めず、何も要求する事無く、全てが在りのままでしかない無い事をお互いに理解して。。。

そのうえで、お互いがお互いの望みや願いや思い遣りを出し合って、それが取合う事無くリンクする時に


おそらくそこには本当の意味で、お互いを自然と癒し愛し合うそんな世界があるんだろうと思います。




理想論だと思われると思います。まさしくそうでしかないから。

人間は自分にしか期待なんて出来やしないし、そんな権利も持ち合わせちゃいない。



だから、1人で居るべきだという教えが残っているし、それが一番効率的なんだと理解してます。



でもね、、、、、


僕は人間なんですよwww

可能性の獣で、そこに幾何かの希望があるなら、それを追求せずには居られない性の生き物なんです。。。。


結果がどうかなんてね、、、、関係ないんですよ。


僕は、僕と云う人間のその生命を、僕の望みと願いの為に使い切りたいんです。



だから、これから僕が歩むその路の上にある祈り願い望み愛も、その全てを静かに見つめ追求したい。



だから、君と居れないこの世界と現実すらも、愛し慈しんで、君の本当の幸せを願っていたい。



それが正解か不正解かすらも実はもうどうでも良くて、君が傍に居る世界も、君が傍に居ない世界も

それは僕が生きて感じるべき何かを、僕に示すための世界でしかないんだと心底理解できたから。



だから、この世界が示す文化も言語も、人間という存在が示しうる何かには足りないんだけど、、、、


この世界を愛して、楽しんで、僕と云う存在を全うできることを・・・・

ただそれだけを、僕は心から望み願い、そして・・・・祈っていよう。。。。