先日、頭が痛かったので無理をせずに仕事を休んで神さまの御導きにより奈良へと出かけました。
奈良県立美術館に行って、ある彫刻家の展示会を観て来ました。
その方は経歴によれば、福島で活動していたが津波でアトリエも全て流されて今は奈良の山の中で活動しているということでした。
「流される」っていったい、何だろう。
「生きること」って、一体何なのだろう。
「『自分にはこれしかない!』って自分を固く縛って地に踏ん張って生きてきたのだけれどもその生きてきた過程には、常に彼とともにいて彼を見守り彼の心とともに歩んでおられた神さまがいた…」とその彫刻家は語っていました。
自分には、神さまの偉大さの前に自分をさらすことしかできない…。
でも、彼の作品の中には、神さまの愛を表すものが垣間見られます;「僕は、何も計画なくして今ここにいるのではない」。
「これから、神さまの御働きが行われていく」とボクは感じます。
