福島から帰ってきました。
自転車に無関係な話。
・・・でも、ないような話ですか。
外を走り続ける自転車ですから
あながち外れた話ではないかもしれませんね。
今週末の2日間を利用して
福島県へ行ってきました。
①津波や地震によって大きな被害があった
相馬市の松川浦やいわき市の小名浜港
②福島第一原発の爆発によって
大量の放射線量が検出された飯舘村
この2つが主な視察場所です。
今回、同行させてもらったメンバーにはこんな人も。
元国立大学学長(とある業界での権威らしい)
大学名誉教授
大学教授
会社経営者
町議会議員(現地被災者)
弁護士
某協会理事数名
某研究会代表
その他に
某テレビ局のクルー数名が
初日のみ同行
などなど
何の肩書きもないのは僕くらい?
・・・でもないですが
総勢40名ほどの中の一人として
こっそりひっそり参加させてもらいました。
ほとんどの人が○○先生と呼び合っている光景。
そういう意味でも僕の体験の中では
非常に貴重な時間であったと思います。
さて、本題については
明日以降、写真を中心に載せようと思います。
稚拙ではありますが、
文章も添えますのでお読み頂ければ幸いです。
今回、一つだけ書きます。
福島第一原子力発電所(以下、原発)爆発による放射能問題で
仮に原発自体の問題が収束し、再び現地に住もうと準備を始める頃
原発問題以前同様に農作物を栽培し、販売できるようになるのか。
福島県の視察は今回が初めて。
福島は水稲栽培が豊富な地域で、
コシヒカリ・ひとめぼれが主要品種ですが、
その他にも、あきたこまち・チヨニシキ・ミルキークイーンなどを栽培。
総計26万トン以上を生産する米の産地。
データ上からも非常に水田の多い地域だと分かるので
太陽光を反射してキラキラと輝く水面を想像していたのですが
現地は予想とは異なる姿となっていました。
畦の部分にふくらみがあるものの
水は全く張られておらず、一面、草が生えわたり、まるで野原のようでした。
日が浅いこともあり辛うじて土も見えますが、
原発問題が1年2年とかかればより草木が生え、
次第に畦との高低差が縮まり、水田であったかどうかさえ分からなくなりそうです。
その景色を目の当たりにした瞬間、涙が込み上げてきました。
学校では校庭の表土を取り除けば
ある程度、数値を抑えられるようです。
しかし、農地の場合はこれだけではどうにもなりません。
一見、校庭と同じように
表土の除去あるいは交換等で解決できそうに思いがちです。
たしかに、耕作地自体に降り積もった物質は減らすことはできます。
しかし、水田に関していえば、
たわわに実らせるためにはキレイで大量の水が必要です。
その水はすべて地元の山から流れてきた水です。
つまり、山に降り積もった放射性物質を取り除かない限り
汚染された水が延々と耕作地を満たすという状況になるのではないでしょうか。
ですから、山の表土も同じように取り除きたいわけですが、
現実問題としてそれはおそらく不可能でしょう。
山には無数の樹木が植えられています。
その状態で表土を取り除けるでしょうか。
全ての木を伐採してでも表土を取り除くべきでしょうか。
飯舘村の周辺地域全体が中山間地で
9%の標識をいたるところでみられ、
標識はなくともバスが唸るような坂に何度も出会いました。
つまり、村のほとんどが山の中にあると言えます。
そのような場所において
全ての樹木を取り除くことができるでしょうか。
また、それが出来たとして樹木が一切ない山で
キレイな水源を保つことができるでしょうか。
素人の見解で大変申し訳ないですが、
ここ数日で勉強させてもらった内容では
放射性物質が消えるまで農地として活用するのは難しい。
いえ、断定的にいえば、不可能に限りなく近い。
そういう結論にどうしてもつながってしまいます。
例えば、ビルが群集する都市図を描くような
これまでと全く異なる形の再興も考えられるならば
村を作ることは可能であると思いますが、
放射性物質を残したまま再び農作地として
輝く水面をこの村で復興したいという願いは
残念ながら叶わないと思ってしまいます。
しばらくの間は不可能だとか難しいとか否定的な言葉ばかり
聴こえる時期が続くと思いますが、
それでもまだ可能性はゼロではないと思います。
たとえば降雨が繰り返されることで
山からの水の放射性物質あるいは放射線量が減少したり、
ゼオライト(沸石)を散布して放射性物質の吸着させたり、
もしくは新たな技術や発見によって改善する策が見つかる可能性もあります。
今回の原発問題によって
日本人の原子力やその問題解決方法への関心が高まったことで
技術や発見へのスピードは一段と上がったはずです。
村を離れて隣町へ行くと
田植え間もない育ち盛りのかわいい稲が辺り一面、
福島の青空に向かってすくすくと育っていた。
隣の村では水を張れず、荒れ果てた水田がある。
問題が解決するまで黄金色の田園風景は二度と見られない。
住民のやるせない思いが村全体を浸していた。
町の美しい水田を見た僕の目に再び涙があふれた。