「いったっーーー!」


一瞬何が起こったか分からなかった。

私は倒れて顎を強打した。

危うく舌を噛んでしまうところだった。



いたた……なに…

振り返ると私の左足首をアリシアが掴んでる。

その瞬間、頭上にとてつもない殺気…

飛ばされそうな激風ととともに、何が私の上を通り過ぎた。

全身に鳥肌が走る。



ピーュルルー!


静寂を打ち破るモンスターの声…




何…いまの…?


背中が痛い。何か鋭利な刃物のようなもので切られたような痛みがはしる。


「クロア!こっち戻って!」

アリシアが私の足を引っ張って岩の陰に引き込む。

「いったぁ…何!何があったの?」



「なにあれ…あんなに大きいのがこの森にはいるの?」

アリシアは空を見上げて震えていた。



「クロアさんみなかったの?あんなの無理よ…」



上空を見上げると、見たことも無い大きさのフクロウが旋回している。

何あれ…?あんなにデカいフクロウなんて…

アイツの爪かな?背中が猛烈に痛くて熱い。



「なんか背中を襲われるような…凄い感覚があったけど…なんか背中が熱くて痛いよ。」

「背中を?ちょっと!背中見せて!」

即されるようにアリシアに背中を見せる。


「ああ…背中……痛く無いの?すごい切れてるよ?」

「痛いと言うか…痺れるというか…」

「痺れ…?ちょっと!防具脱いで!そして動かないで!」


横になると背中をアリシアが撫でてくれてる。傷口を必死に締め付ける。


「いたい!いたいよ!やめて!」

「いいから!動かないで!全部毒を抜かないと…」


傷口を絞るようにアリシアが力を込める。


「痛い!痛いから!大丈夫だから!やめてよ!」


味わった事のない激痛…お願いだからもうやめてよ!


その瞬間、背中に暖かく柔らかい唇の感覚。


「大丈夫…全部、私が吸い出すから…動かないで。」

アリシアが私の背中の傷口から血を吸って吐き出す。

「大丈夫だから!これくらいなら自動回復で何とかなるよ!そこまでしないで!」

「もしも猛毒だったらどうするの!麻痺してるんじゃないの?」


そうか…この森には毒を持ったモンスターがいる。

こんなデカいモンスターだ。きっと毒も猛烈かもしれない……

「やだ!やだ!コワイこと言わないで!」

「だから動かないで!大丈夫!私はさっきの毒で少し耐性あるから!」


大人しくした。こういう時のアリシアの判断はきっと正しい。アリシアが懸命に私の背中から毒を吸い出してくれている。


気持ちいい…ただただ気持ちいい…

そこらじゅう血まみれ。私の血液をアリシアが吸い出して吐き捨てる。私の身体は浄化されるような感覚になった。


「これだけ吸い出せば…」

アリシアに防具をまとうように言われた。


アリシアが毒を吸い捨ててくれたせいか、そこまで異変は無い。でもあの時に背中を襲った恐怖に脳を乗っ取られた。

防具をまとって自動回復に頼るけど、それでもなかなか回復しない。

だめだ…頭がぼーっとするし震えが止まらない。



「まだいる…?」

「います。なんか大きなフクロウのような怪鳥です…」

「どんぐらい大きいの…」

「私達の10倍以上です…」

「そんなのに捕まったら食べられちゃうね。」

「クロアさんなんか食べたら、モンスターも食あたり起こすのにね…」

「もぉ!そんなの言ってる場合じゃ無いでしょ!」



クスクスとアリシアは笑ってる。

ありがたい。。

ほんと…付き合わせてごめんね。口には出せないけど心の中でそう思った。



2人で岩肌を伝って、少し隠れれそうな場所を見つけた。


「これ…月の位置に合わせて隠れ無いとだね…」

「そうですね…」


上空には変わらずに、羽の音が聞こえる。

漆黒の空を飛び回り、その鋭い眼光で獲物を探し、見つけたら急降下してくる。

私達は隠れるしか無い…



こわい…身体が震える。

一人だったらきっと死んでいると思う。



「もう…二人しかいないね。」

そう言って、アリシアの手を握った。

あまりの恐怖に涙がこぼれた。


「そうですね…二人もいますね…」

アリシアは笑顔で手を握り返してきた。

こんな状況でもアリシアは私に笑顔をくれる。


なんで……そんなこと言うの…

私は泣きながら笑った。


「クロアさん、大丈夫です。今までも何回もピンチあったじゃ無いですか!」


アリシアは笑いながら泣いてる。

さらに強く手を握られた…

柔らかい手…思えばこんなにも長い時間、アリシアと握手した事は無かった。

大丈夫…大丈夫…。握り返される度にアリシアから無言の励ましをもらっているような気がする。




「もう…わけわかんないね。」

「ほんとですね…」





二人でワンワンと泣いた。

二人しかいない絶望と、二人もいる希望。

お互いに身を寄せて震えながら泣いた。泣くことしか出来ない状況だった。




ひとしきり泣くと、少し意識がしっかりしてきた。

よし!最後くらいちゃんとしよう。ピンチはチャンスってみんな言うじゃん!私がクヨクヨしてはダメ…



「ねぇ…何かポーションとかの空き瓶持ってる?」

「えっと…確か最後に飲んだやつの空き瓶が…」

アリシアはゴソゴソとバッグから空き瓶を取り出した。

「何に使うんです?」

「まってて…」



どうせ最後になるかもしれないなら、大好きな相手と乾杯したい。そう思ってマナポーションをだした。


「ねぇ?半分こしよ!そんで乾杯しよ!」

「ダメですよ!それはクロアさんのじゃ…」

「いいの。お願い!半分飲んでよ。最後に乾杯しようよ。」


アリシアの空き瓶に、ポーションを注ぐ。


「よし!これが最後になるかもだね!でも!相手がアリシアで良かったよ!」



まさか私達がこんなことになるとは思わなかった。

いつもみんなでワイワイしてたのに…

みんなでお洒落して着飾って、王都やシェトーでたらふく飲み食いして、シトルイユでのんびり温泉入って…


そんな想い出が甦る。まさかこんな野外の岩陰でボロボロな姿で……



乾杯…



二人で一気に飲み干した。

少しだけどマジックポイントが回復してくる感覚。。

これなら数回はスキル使えるし、いざという時に戦える。


「ありがとうございます。これならまだ少しいけますね!」

「うん!」


今まで当たり前のように飲んでいたポーションが、こんなにも美味しいなんて…

身体の隅々まで行き渡り、内側から湧き出てくるパワー。

魔砲を抱きしめて、2人で息を殺してフクロウが去るのを待った。



「クロアさん?交代で仮眠しませんか?寝れば自動回復も早くなるし、夜明けまで耐えれば誰か来るかも知れません!」

「そ…そうだね。じゃあ…」

「クロアさん先に寝て!クロアさんの防具は旧式だから…ね?」



気を張ってたけど、正直さっき背中に喰らった一撃はキツかった。たぶん毒…

アリシアが吸い出してくれたけど、それでも手足が痺れている。

「ありがとう。交代だからね?」



アリシアの膝を枕に横になる。

どこまでも暗い闇の空…大きな月と小さな星が私達を照らしている…


「まさか…アリシアとこんなにもゆっくり星を眺めるとはね…」

「ですね…どうせならお互いにワインでも飲みながら…マールケン港でゆっくり飲みたかったですね…」



包み込まれるような感覚…

岩を背にして、二人でぼんやりと空を眺める。


夜空を眺めながら、アリシアの鼓動を感じて少しずつ眠りにつく。回復していく。。



大丈夫…二人もいるんだから…