昨日熊本市内で行われたイベントに
SF作家の梶尾真治さんと
詩人の伊藤比呂美さんが、
トークショーのパネリストでいらっしゃっていた。

 

話のテーマは「貸本漫画の遺産」で、
昭和30年代に隆盛を誇った、
貸本漫画についてのお話が中心だった。

 

例えば白戸三平の忍者マンガ、
さいとう・たかをのアクション劇画などの
話が出たのだが、
その中で梶尾さんと伊藤さんが、
共通して褒めていたマンガが、
楳図かずおの「漂流教室」だった。

 

「漂流教室」は
少年サンデーに連載されていたマンガで、
貸本漫画ではないのだが、
楳図かずおは貸本漫画から
そのキャリアを始めているので、
そのつながりで話題が
「漂流教室」まで行ったのだ。

 

「漂流教室」は1972年から74年にかけて
少年サンデーに連載されていたマンガで、
その時僕は6歳から8歳だった。

 

僕はどこかの大きな病院で、
このマンガが掲載されているサンデーを
偶然読んだのである。

 

おそらく家族が誰かのお見舞いに来て、
それについて来たのだが、
退屈だったので一人で病院の中を歩き回って、
サンデーを見つけたのだ。

 

そこに「漂流教室」が載っていて、
僕は一瞬で心を奪われた。


続きが読みたくて、
病院の上のフロアーや
下のフロアーを探し回り、
結局5~6冊見つけて、
夢中になって読んだ。

 

「漂流教室」は全11巻の作品で、
僕が読んだのはその途中からの
数話に過ぎないのだが、
ガッチリと心を掴まれ、
当時はマンガ雑誌を買って読めるような
環境ではなかったので、
後に大学生くらいになって、
やっと全巻通して読むことができた。

 

その後自分の子供のハルが生まれて、
そのハルが小学生になった頃、
満を持して、夏休みに、
夏休みの課題として、
「漂流教室」全巻を与えた。

 

当時僕はすでに
ハルやハルの母親と別居していたのだが、
家はすぐ近くだったので、
夏休みに呼び出して
ハルに「お勉強」として、
「漂流教室」を読ませたのである。

 

ハルはその日のうちに全部読み、
読み終わった時にはショックで、
青ざめた顔をしていた。

 

「漂流教室」のような
強いパワーの作品を一気に読んだら、
それはショックを受けるよねと、
肩をうなだれて家に帰るハルを見送った。

 

それから約10年が経ち、昨日、
詩人の伊藤比呂美さんが
「漂流教室」はいい作品だと言い、
SF作家の梶尾真治さんが
「漂流教室」の
タイムパラドックスのアイディアは、
自分の作品にも参考にさせてもらった、
と言っているのを聞き、
やっぱりハルに「漂流教室」を与えた、
僕の判断は間違っていなかったのだと、
確認できて安心し、
ハルにそのことをラインで伝えたら、
「僕のトラウマになっている作品ですね」
「梶尾さんは先輩にあたる人です」
と返事が来た。

 

梶尾さんは福岡大学出身なのだが、
ハルがそのことを知っていたのは
驚きだった。なぜなら、
梶尾真治さんという作家のことは、
僕は知らなかったからである。

 

かつて病院のロビーで出会った「漂流教室」。
40年くらい経ってこのような展開になるなんて、
改めてマンガの持つパワーは凄いと思った。