我が家で、というか僕個人の中でだが、
今、中沢啓治ブームが起きている。
中沢啓治といえば「はだしのゲン」の作者として有名だが、
実はそれ以外のマンガもたくさん書いている。
最近そのいくつかを読む機会があって、
もっと読みたくなってしまったのだ。
近所の図書館に置いてあるのは知っていたので、
さっそく「オキナワ」と「ゲキの河」を借りてきた。
まずは「オキナワ」。
この作品は、昭和45年に少年ジャンプで連載されている。
僕が4歳の時のことなので、
僕はこのマンガのことは、今回読むまでまったく知らなかった。
内容はといえば、返還前の沖縄を舞台にした、
基地問題、地位協定、ベトナム戦争、
沖縄のアメリカへの感情、
沖縄の日本本土への感情など、
とても複雑な問題、そして、
当時子供だった僕は知らなかった問題、
あるいは意図的に隠されてきた問題が、
色々語られていた。
もし多感な子供時代に読んでいたら、
「はだしのゲン」と同じくらいの衝撃を受け、
今以上に、戦争や、戦争で利益を得ている人達を、
憎む大人に育っていたであろう。
この「オキナワ」が、ジャンプ誌上で連載されたのも、
当時の編集長、長野規(ただす)の尽力であろう。
そして「オキナワ」から3年後の、昭和48年に、
「はだしのゲン」の連載が始まっている。
僕はつい半年ほど前に観光で沖縄に行った。
国際通りは、修学旅行生であふれ、
同じような土産物屋が延々と並び、
平和な、むしろ退屈な観光地であった。
しかし1972年、僕が6歳の時までは、
空港からこの国際通りのあたりまで、延々と、
基地の金網が張り巡らされていたのだという。
「はだしのゲン」の原爆で破壊し尽くされた世界が、
あまりにも想像を絶しているため、
架空の、おとぎ話の世界のように思えることもあるのだが、
それと同じように、「オキナワ」の世界も、
実際にあったこととは実感できない世界である。
しかし僕は広島にも沖縄にも行ったことがあるし、
基地の問題を巡って、沖縄の人達は、
今でも非常に熱く反対運動をしている。
このマンガを読むとその感情が、
ほんの一部にせよ体験できる。
僕たちの子供時代は、日教組の教育が全盛で、
「はだしのゲン」なんかは必読図書だったのだが、
それでも「オキナワ」というマンガについては、
一度も、題名さえ聞いたことがなかった。
こんなすごいマンガが歴史の流れの中に埋もれようとしている、
いや、すでに埋もれて忘れ去られている。
案外「はだしのゲン」も、
いつか子供たちにとって、読んだこともなければ、
題名を聞いたことさえないマンガになってしまうのかもしれない。
その頃には、戦争や原爆という言葉までが、
忘れ去られていればいいのだが、
戦争や、原爆のような兵器だけは健在で、
戦争や原爆に反対したマンガや文学だけが、
忘れ去られ、というか、
意図的に抹消されているのではないかと思うと、
すこし心配なのだ。
