マガジンに掲載された「聲の形」について

 

一週間ほど前、僕のFBの友達のどなたかが、
シェアしていた記事だったと思うのだが、
この「聲の形」というマンガについての記事があった。

 

FBでマンガについての記事を見ることはあまりないので、
うれしくて何かコメントしたかったのだが、
このマンガを読んでいなかったので、
読んでからコメントしようと思い、
掲載誌を探したのだが、もう店頭には無かった。

 

それでやっと昨日、マンガ喫茶に行って読んだので、
これでコメントできると思ったのだが、
今度はシェアされていた記事が見つからなくなってしまった。


そこで、せっかくなので自分で書くことにした。

 

まず大雑把なあらすじを書くと、

小学校のあるクラスに耳の不自由な女の子が転校してきた。
最初は戸惑っていたクラスメイトたちだったが、
その女の子が音程をはずしたせいで、
合唱コンクールに入賞できなかったことがきっかけで、
だんだんクラス全員がその女の子をいじめるようになる。


特にショータという男の子が先頭に立っていじめていた。
担任の教師も女の子のことを「クラスのお荷物」と思っていた。

 

女の子の補聴器が何回も壊され、
保護者からの問い合わせがあって、
学校で問題となった時、
クラスメイトや担任の教師は、
ショータが1人でいじめていた、
ということにして問題を解決しようとした。

 

ショータは他のみんなもいじめていたじゃないかと、
反論したのだが、そのせいで、
今度はショータがクラスのいじめのターゲットになる。

 

女の子は朝早く登校し、
ショータの机に書かれた落書きを消したりして、
こっそりとショータをかばっていたのだが、
そのことを知ったショータは、
これまで自分がいじめていたという罪悪感もあって、
女の子とケンカになってしまい、
結局女の子は、また転校してしまう。

 

五年後、高校生になった女の子はショータと再会した。
ショータはなぜか手話を習得していて、
女の子とコミュニケーションがとれるようになっていた。

というような話であった。

 

作者の大今良時は23歳の女性マンガ家で、
2008年(19歳の時!)に、この作品の原型のマンガで、
マガジンの新人賞を獲ってデビューしたのだが、
当時は聾唖者を差別するような内容が問題視されて、
そのマンガはマガジンには掲載されなかった。

 

その後、連載作品の
「マルドゥック・スクランブル」がヒットしたこともあって、
マガジン編集部の強い後押しで、この受賞作が、
2011年に「別冊少年マガジン」に掲載されて、
読者アンケートで一位を獲得した。

 

そして「マルドゥック・スクランブル」の連載が終了し、
作者自身が満を持して受賞作をセルフリメイクして、
2013年の「週刊少年マガジン」12号に、
この「聲の形」が掲載されたのである。

 

なによりも有権者のみなさんに訴えたいのは、
このマンガが、青年誌ではなく、
「週刊少年マガジン」に掲載されたということである。


「週刊少年マガジン」といえば、
「週刊少年ジャンプ」と双壁をなす人気少年誌で、
ピーク時(1995年)の発行部数は436万部。
現在でも毎週140万部程度発行されている大雑誌である。


メインの読者は小学生と中学生だと思うが、
通勤のサラリーマンなども読んでいる人気雑誌である。

 

たくさんの子供たちがこのマンガを読んだということが、
そして子供なので、おそらく僕が受けたのよりも、
強烈な衝撃を受けただろうということが、
僕にとっては重要な事である。

 

このマンガに書かれているような内容は、
小説ならば難しくて伝わりにくいし、
テレビドラマならば放送できないので、
マンガでなければ子供に伝えるのは難しい。

 

そしてなによりも、差別や偏見について、
そして、いじめについて、
一番考えて欲しい子供たちに対して、
こういうメッセージが伝えられたことを評価したい。

 

教育委員会や、教育評論家や、教師や、
僕たちのような「大人」が、
「いじめはいけない」だとか、
「対策が必要だ」などと言ったところで、
いじめている子やいじめられている子にとっては、
何の解決にもならない。

 

子供たちが自分で考え、
自分で行動しないかぎりは、
いじめ問題なんて解決しないのだ。

このマンガは、そのきっかけになるかもしれない。

 

僕自身、子供の頃に
マンガから受けた影響は計り知れないものがある。


マンガ家の方や編集者の方が、
「正義感」のようなものを持っていらっしゃって、
いつも子供たちに「夢」や「希望」を与えようとしていて、
明るい希望を持てる「将来」へと導いてくださっていたから、
僕は今ここにいるのだと思う。

 

最近、羽海野チカの、
「3月のライオン」というマンガにおいても、
いじめの問題が取り扱われていた。

 

今でも学校では
いじめたりいじめられたりということが起きていて、
自殺したりする人も出ていて、
いじめたことをものすごく後悔している人も
たくさんいるに違いない。

 

そのことに対して、僕たちにできることは、
ほとんどないか、ほんのわずかしかないだろう。
そのほんのわずかの行為のひとつとして、
僕はこのマンガを紹介してみた。