そして葬儀当日、

 

父や私は母につきっきりで面倒を見る事はできないので

 

斎場では父の妹である叔母に母を託しました。

 

母は普段なかなか会えない沢山の親戚がいるので

 

はしゃいでいるように見えました。

 

時々様子を伺いに行っていたのですが

 

周りも母の状態を知っていたので話を合わせてくれて

 

特に問題もなく楽しそうにしているようでした。

 

 

ところが後から叔母から聞いたのですが

 

まだ兄と対面していなかった母に

 

「○○ちゃん(兄)の顔を見に行こうか」

 

と声を掛けると頑なに

 

「嫌だ、行きたくない。見たくない。」

 

と顔を強張らせて拒んだのだそうです。

 

顔を見る事で

 

兄の死が現実のものとなってしまうと思えたのでしょうか。

 

私達が勝手に

 

”母には理解できない”

 

”病気だから仕方ない”

 

と決めつけていただけで

 

母はちゃんとわかっていたのだと気付かされました。

 

自分が生んで育てた子供が

 

自分より先に亡くなってしまった悲しさ。

 

沢山の言葉にはできなくても

 

「嫌だ!」

 

という一言に母の気持ちの全てが込められていたのでしょう。

 

その後はまたいつもの陽気な母に戻って

 

沢山の方々とお喋りを楽しんでいたように思います。

 

 

あの日のような真っ青なきれいな空を見ていたら

 

そんなこともあったなぁとふと思い出しました。