おとといのエントリーの続き。

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どっちが長い?
こんなのに代表される錯視に、我々はフツーに縛られている。
でも、それによる実生活上の不都合って、殆どないんだよね。
ていうか、ノイズに満たされた実空間に於いて
限られた応答可能時間内で及第点を得られる回答を返せれば
個体の生存を保障できる。
その為に、雑音だらけで曖昧な信号を加工して
信号の山と谷を無理矢理にでも強調するようにしている。

まあ大体、紛らわしい二つの棒の長い短いの判別に失敗したら
命を失ってしまう、などというピンチは一生に何度訪れる?

タイトルと文章の構成の整合性がメタメタになってしまった。
高校の時に描いた油絵の風景画が、所々つじつまの合わない
絵になったんだけど、変な魅力が出て面白かったんだよね。
それは学校の教職員と来客用の玄関に飾られて、ちょっとした
自分にとっての誇らしい思い出になってる。

ゆがんでたりひずんでたりする物は面白さに通じる、なんてね。