以前のエントリーの発展、かな。

知らない事は幸せ、というか、知る事が悲しみの始まり、というか
比べるから妬みが生まれる。
が、しょうがないっちゃ、しょうがない。
なにしろ神経ネットワークがコントラストの原理で働いてるんだから。
つまり、「差」がある事で、意味のある動作になる。
「差」は、比較しないと「現れてこない」でしょう?

絶対性はそれほど使い勝手がよくない。
相対性は大変使い勝手がある。
一方の価値を持ち上げるもよし、他方の価値を叩き落とすもよし。

ここからはホントに余談だけど、韓流ゴリ押しに付いて
「日本のドラマや音楽が魅力がないからだ」
(日本下げにより相対的な韓国上げの構造になるんだが)
という「真っ当な」事を言う人もいる。
それは戦後民主主義優等生的返答というか、お人好しな考えだと思う。
ヒトの習性として、親しんでいる物にはガードが緩くなる。
そこを狙われてるのに。
が、日本人は国土を獲った獲られたで血反吐を吐く苦しみをしてない。
(だから北方領土の件だって何処か本気じゃない)
竹島の件では韓国がハッタリかまして日の丸燃やしてるのに
(というか何事に付け日の丸燃やすのに)みんな呑気でいる。