ITA Conference(インド翻訳者連盟国際会議)参加レポート
クリプトンの安田・マジッドは、12月16~19日にかけてインド・ニューデリーで開催された第二回インド翻訳者連盟国際会議(ITA International Conference )に、出席してきました。今回のブログでは会議の様子を報告いたします。
会議のテーマは、“Role of translation in nation building, nationalism and supra-nationalism”。多言語国家インドにおいて、翻訳研究界および翻訳産業が国家建設に果たすべき役割を模索することが主要なテーマでした。130名の講演者によるプレゼンテーションが4日間の日程にて行われ、その大半がインド他海外の研究者によるアカデミックな内容のものでしたが、中には多国籍企業にてローカライゼーション・翻訳業務に携わっている講演者のケーススタディといったような、クリプトンにとっても興味深い内容のプレゼンもありました。
クリプトンは英語テープ起こしを主要サービスとしていますが、今後は翻訳サービス(日英・英日翻訳)もどんどん拡大していく予定です。今回インド翻訳者連盟の会議に出席した目的も、インドを拠点としてグローバルに翻訳ビジネスを展開しているインド企業を発掘し、現状と課題や参考となるロールモデルを勉強することでした。
ちなみにインドからグローバル市場に翻訳ビジネスを展開、と書きましたが、インドでフリーランス翻訳者を探そうとしているわけではありません。よく知られているように、日本語は世界で最も読み書きが難しい言語のひとつといわれており、韓国人や中国人ならいざ知らず、それ以外のまったく異なる言語圏に属するネイティブにとってはこれを習得するのは並大抵のことではありません。中には、ITアウトソーシングのように低コストという理由でインドを作業ベースにできるのではないか、と考えていらっしゃる日本人のかたもいるかもしれませんが、インドにおける翻訳産業自体の未成熟さと日本語習得の難しさ(ここムンバイのような大都市においても、日本に関するあらゆる情報へのアクセスがあまりに少ない)、そしてインドにおける「翻訳」という専門職業としての認識の希薄さなどがネックとなっており、インド人の日本語翻訳者を開拓していくという展望は現実的ではありません。このことを再確認する形で納得できたのも、本会議に出席していた講演者や出席者と談話を通してでした。そのためクリプトンの場合は、日本在住の翻訳者または米国・英国などの主に英語圏を拠点とする英語ネイティブの翻訳者を抱えており、翻訳受発注のコーディネーションプロセスを弊社インド本社の日本人・インド人スタッフが行います。
本題から外れてしまいましたが、今回の会議で新たに発見した点を3点、以下のようにまとめました。
(1)インド翻訳産業の現状
インドにおいて、翻訳産業はまず産業カテゴリのひとつとしてまだ認識されていないのが現状です。インド固有の言語(政府が公認している指定言語だけで、22あります)と英語間の翻訳はさておき、国際言語(日本語、ドイツ語、フランス語など)を意欲的に学ぼうとするインド人は、経済的にも時間的にも余裕のある上・中産階級でグローバル企業での就業経験があるような一部の層に限定されています。インド固有言語と英語間の翻訳に至っては、インドでは都市部を中心に英語バイリンガルであることがあまりにも一般的なため(文法的な精度は別として)、専門的なスキルのひとつとしては見られていないのが現状です。
日本語教育に限って言えば、デリーやプネのように日本語教育のハブとして知られている一部都市を除いては、日本語教育が受けられる機関はほどんどありません。生活上も日本文化(アニメ、食べ物、音楽など)に接する機会がほとんどないため、日本語教育を受けている学習者にとっても学習環境は必ずしも整備されているとは言いがたい状況です。このような状況下で、実際に翻訳者として作業可能なレベルにまで日本語の読み書き力をつけることは大変困難です。これは、会場で出会ったインド人日本語翻訳者が口をそろえて言っていました。
また、インドにおいては一般的に、翻訳者養成スクールのようなものも存在しません。体系的に言語教育のノウハウを持って教えているのは、大学などの高等教育機関や政府系機関ぐらいではないでしょうか(もっとも、日本にもあるような英会話スクールは山のようにあります)。
(2)品質基準制定への動き
上のようなインドの翻訳産業の現状を見るとなんとも情けないですが、産業発達の兆しもあります。たとえば、本会議の主催団体であるインド翻訳者連盟
(Indian Translators Association)は現在、翻訳品質基準の制定に向けて4年前から取り組んでいます。翻訳品質基準とは、翻訳業者がクライアントに翻訳成果物を届ける際にある一定の品質水準を満たしているかどうかを客観的に判断するための品質規格です(ISOのような概念です)。たとえばイタリアにおいてはUNI 10574、ドイツにはDIN 2345、オーストリアではÖnorm D 1200のように、政府から公的に承認された品質基準ガイドラインがあります。
このようなドキュメンテーションが明確に存在すれば、インドにいる翻訳者が翻訳をする際にどのようなルールに従って翻訳をしなければならないのかが分かり、ある一定以上の品質水準が保たれます。同時にサービスを利用するクライアントにとっても、「この翻訳会社はこの品質基準認可を受けているから安心して発注できる」といったように、業者を選定する際のものさしとして機能します。
ドキュメンテーションの準備にはさらに数年の時間を要しますが、これが整備されればインドの翻訳業界にとっては大きな布石のひとつとなるでしょう。
(3)インド発グローバル企業のローカライゼーションの成功例
英語のできる豊富な労働力と低コストを強みに、インド企業はどんどんグローバル市場・グローバルサプライチェーンに足を乗り出していますが、そのようななかでコンテンツのローカライゼーションのニーズはますます高まっています。ローカライゼーションには、多かれ少なかれITスキルが必要とされます。インド発グローバル企業としてこれに成功しているのが、日本でもすでにおなじみとなった自動車メーカーのタタ・モーターズ
とその請負業者であるAdayana
です(ゲスト講演者としてプレゼンをしていました)。
中東や東南アジアなど世界のあらゆる国から部品を製造・調達しなければならない今日の自動車業界において、世界各国のタタで働く機械工が同じ作業を同じプロセスで(=プロセスの標準化)行わなければなりません。また、機械工の全てが文字の読み書きができるとは限らないため、プロセスマニュアルは映像と音声を伴ったマルチメディアコンテンツである必要があります。そこで、標準プロセスを整備したうえでそのコンテンツを各国の機械工向けにローカライズ(=プロセスコンテンツのカスタマイズ)するニーズが生まれます。AdayanaはITエンジニアを社内に抱え、翻訳業務自体はフリーランサーに外注し、最終的なソフトパッケージを社内で作る工程でローカライズ業務を請け負うことに成功しています。彼らのすごいところは、翻訳コンテンツのクロスチェックの重要性にインド企業の中でもいち早く気付き、第三者によるプルーフリーディングプロセスを徹底している点です。
ITエンジニアが豊富なことで知られるインドにおいて、このようにITスキルを組み合わせた翻訳・ローカライゼーションビジネスの展望が明るいことはクリプトンにとっても前向きになれる情報でした。
インド・デリー出張を終えて・・・
私(安田)はこの会議のためにデリーを2年以上ぶりに訪れることになりましたが、この間にもデリーが国際都市として非常に発展しているのを散見しました。国際空港が成田空港並みにきれいになっていたこと、空港からのハイウェイもきれいに整備されていたこと、都市中心部のConnaught Placeあたりも随分と美化されていたことなどが挙げられます。商業中心都市とされるムンバイとは大違い(おっと、失言)!と驚きましたが、これもすべて今年10月にデリーで開催されたコモンウェルスゲームズのためだったそうです。東京オリンピックの例と似ていますね。
(左上から)デリー旧市街の様子、インド門の正面、空港
寒さは日本と同じぐらい(?)で、この季節は特に霧が濃いのが特徴です。デリーの食べ物はとても美味しかったです。
今年のブログ更新はこれが最終回となりました。11月にブログを始めて2ヶ月が経過しましたが、いかがでしたか??また来年ここでお会いしましょう(1月5日より再開)!それでは、よい年をお迎えください