夏
暑い,クソ暑い夕立でも来ないかな俺は波に乗れなかった。いい波が来なかった。そもそも,いい波があるところに行かないと,ビッグウェーブには乗れない。今こうしていられるのも,ライバルたちが勝手に倒れてくれたからだ。人の親は心したほうがいい。子供を世間に送り出しても,うまくいかないことが多い。過保護と言われても,やったもん勝ち。競争はどんどん熾烈化する。成功者は一握り。成功しなくとも,人並みになるだけでも大変だ。野外炊さんの思い出。とんかつというものを初めて食った。先輩らが着てたニコルのTシャツ。また,お盆には帰省するのだろうが,いつも帰省には複雑な思いを感じる。今年もグリーン車で帰ろう。それぐらいの贅沢はよかろう。田んぼと畑しかない故郷から出てきて,どうしてこうなったものか。明確に意識してきてこうなったわけではない。行き当たりばったりで来たはずだ。でも,なんかしら深層心理にはあったのかもしれない。高校までローカル線で30分。最寄の駅までちゃりんこ漕いで20分。風の強い日もあれば,雨の日もあれば,吹雪の日もあった。なんで学校通うのに,こんな苦労しなくちゃいけないのかと思った。スクーターを買ってくれる家庭ではなかった。街に住む都会っ子の同級生とはえらい違うじゃないかと。今にして思えば,たかが地方の小都市でしかなかったのだが,当時の俺の認識では,ものすごい都会という意識だった。今じゃ,笑ってしまうくらいに寂れたシャッター通りで,悲しいと同時にいい気味だと思ってしまう。街に住む同級生には,陸の孤島に住んでると物笑いにされたからなあ。参考書も自分の少ない小遣いから買った。小遣いったって,月々3千円,途中で親と交渉して5千円に値上げしてもらったが。(あとはお年玉を大事に使うだけ。)ジーパンのポケットに千円だけ裸でねじ込んで。あとは小銭入れしか持たず。高校生にもなって,スーパーで買った1本のジーパンしか履けず。(なんせ,高校は私服だったもんで,結構これがきつかった。友達から物笑いにされてよ。リーバイスとかじゃなくて,パッチもんだからさ。今ならユニクロだろうが,ちょっときついけど長崎屋でもイトーヨーカ堂のでも恥ずかしくないつって言えるけど当時の状況はそんなではない。)夕方に同級生がパンやカップラーメンを買うのも我慢して。喫茶店なんか入ったこともなかった。当然,パチンコなんか。そこから脱出するのに,どんだけ苦労したか。究極の貧乏は,クリスマスのケーキなぞ食ったこともなく,「なんでうちはクリスマスケーキがないんだ」と俺が泣くもんだから,急遽,母親が夜に自転車に乗って,ゼリーの乗ったアイスを買ってきてくれたことかな。あんときゃ,さすがに泣けた,というか泣き止んだ。クリスマスプレゼントも,誕生日プレゼントもなくていいと。うちは貧乏なんだと悟ったね。だから我が家は,誕生日もなければ,クリスマスもない。正月とお盆だけがある。お盆もスイカが食べれるだけ,正月は俺の嫌いな餅が食えるだけ。学問の無い肉体労働者の家庭だ。家にあるもので活字が書いてあるのは,新聞くらいなもの。毎日のように汚れた作業着を洗濯する母。こざっぱりしたYシャツやスーツ着てる友達の親父がうらやましかった。つーか,うちの親父の汚い身なりが恥ずかしかった。(今はそんな風には思わないけど,当時はそう思ったね。)帰省は,そんな思いが駆け巡る。普通にやってたら,俺の将来はお先真っ暗。大学行けば偉くなれると,親を騙して,東京に出てきた。なんとか入った大学も三流かFランかってとこで。後で分かったことだが。それほど情報がなかった。(俺的には,大学ならどこでも良かった。偏差値がどうとか,それほど重きを置いてなかった。後で自分の認識の無さに後悔するわけだが。)でも,うちの大学出ても,いい就職口なんかなかった。今なら「ベンチャー企業」とか耳触りのいいような言い方があるのか知らないけど,当時はそんな言葉すらない。就職もギャンブルだったね。結局,バブルに浮かれた証券会社に入って,そしたら,いきなりバブル崩壊だってよ。ちょっと待て,ちゅーに。「高卒の公務員の妹よりボーナスが低いっ!」て言って辞めてった一個下のやつがいたくらい情けない収入だった。同じ会社の女子社員すら相手にしてくれない。ほんと飼い殺し。「このご時世,辞められるもんなら,辞めてみろ!」みたいな会社の態度。そのくせ,ノルマはひどい。暴力すらある世界。でも,一番きついのは,言葉の暴力だったね。毎日,浴びせられる。しかも同僚,後輩からまで。地獄というのはあれだよ。だから言うんだよ。今は,「太陽がいっぱい」の気分だって。混雑する中,グリーン車なら空いてるし,あらかじめ切符を用意する面倒からも開放される。指定席が取れなくて飛行機で帰ったこともある。飛行機に乗る距離じゃないのに。1ヶ月も前から新幹線の指定席を予約する馬鹿どもが癪に障るしよ。(俺はそこまで暇じゃねーんだ!)40になるまでの悲惨さからか,歪んだ心理が俺を支配している。地獄とは,俺が歩んできた道のことだ。天国と地獄天国から落ちたあいつらは,今どうしているんだろう?すべては,嫉妬と憧れから始まっている。