もうちょっと、整理して説明してくれるか?

 

と、今日、上司から言われてしまった。

 

今日、突然、前振りもなく、とある質問を上司から投げかけられて、こちらも突然なのでアワアワとしてしまったのも否めないが、「きっと急ぎの話なのだろうな・・・」と上司をおもんぱかったところもあって、

その場で思いつくことを答えたら

 

そう言われてしまった。

 

こちらとしては、良かれと思って急いで答えたのに・・・

 

結構、俺的には傷つく言われ方を上司からされてしまった。

 

知ってるか?と尋ねられたので、知ってます

 

これこれこうなんです

 

と答えたら、上司が求めた答えじゃなかったんだろう、きっと。

 

「そんな昔のことじゃなく、今現在どうなのかを知りたいんだ!」

 

と、少しイラつきながら上司が俺に言った。

 

なら、そう聞けよ!

 

と思う気持ちが湧きつつ、今現在のことまでは分かりません

 

と答えるしかなかった。

 

人に物を尋ねておいて、答えが違ったからといって逆ギレするのは如何なものか?

 

そんなことやってるから、部下が委縮してしまって、正しい報告を上司に上げないようになってしまい、癌細胞が悪化するまで放置されてしまうのではないのか。

 

だからゼネラリストの上司は・・・

 

上司はゼネラリスト、俺は専門職

 

お互い前提に立つ認識の違いがある

 

俺の上司も、そのまた上の上司から急に尋ねられて、答えられないから俺に尋ねてきたのだろうが、質問の意図や、前提条件を指示してくれないといけないのではないか?

 

と思う。

 

がしかし、権力の違いもあって、部下としては、いくら上司が理不尽であっても従うしかない。

 

歯を食いしばれ!

 

と下級兵に対して往復ビンタを喰らわす日本軍の上官のスタイルから何も変わっていない。

 

もちろん、エリートの高級軍人はそんなことはしない。

 

叩き上げで出世してきた自分より年上の中間管理職の部下を自分の個室に呼び出して、「ここどうなってんだ?君から大丈夫だという報告が来ているが、どうも報告と違っているみたいではないか?」と静かに叱責するだけ。

 

恥をかいた中間管理職の上官は自分の部屋に戻り、部下たちを呼び出し、不機嫌な顔で、こう問いかける。

「お前たち、俺に呼び出された理由が分かるか?」

部下達は、自分達が何を上官から尋ねられているのか分からず、お互いの顔を見合わせ、思案していると

いきなり、上官が机を叩き、「お前たちはそんなことも分からないのか!この役立たずめが!お前たちがちゃんとやっていないから、幹部から俺が叱責されて恥をかいたではないか!」と部下を怒鳴りつける。

 

怒鳴り散らされた部下達は、今度はペーペーの若年の兵士を一列に並ばせて、「お前たちがこうやって一列に並ばされている理由が分かるか!」とやる。

その理由が分からない下級の兵士も、同じようにお互いに顔を見合わせていると、先輩の兵士から

「貴様ら、歯を食いしばれ!!!」

と、次々に往復ビンタを喰らわされる。

 

こんなことやってたら、そりゃ戦備に勝るアメリカ軍に勝てる訳がない。

 

こういった鉄拳制裁は、戦況がうまくいかない状況の中で、「負けた時の言い訳作り」のために、組織として自然発生的に広まって行ったのではないかと見ている。

 

戦況がうまくいっている間は、こんな身内を締め上げるようなバカなことは起きない。

戦況が思わしくなくなってきた時に、その原因を求めていく中で、なぜか「一見、もっともらしい理屈を伴った綱紀粛正」といった方向に目が向き、幹部も「最近、組織が弛んでいるからだ」と妙に納得して、上官によるパワハラを容認してしまうようになる。

 

本来、向かわなければいけない方向性は、戦況を好転させるための作戦の工夫であったり、軍備の拡張であったり、兵器の開発であったり、兵站の補充であったりすべきなのに、日本軍はそうではなかったと聞いている。

 

うちの親父から直接そういった話も聞いている。

 

うちの親父も貧乏な家庭の次男坊だったので、戦前の次男以下は丁稚奉公に出されるか、兵隊に行くかしかない中、兵隊に行けば努力次第で出世できて、毎日、白い米が食えるということで、うちの親父は未成年で志願兵となった。

未成年で兵隊になれるのは、海軍の予科練か、通信兵ぐらいしかないが、旧制中学にも行かせてもらえず、高等小学校卒で実家の家業の手伝いをしていた親父は、17歳で通信兵に志願し、無事採用となり横須賀の海軍通信学校に入学することになった。

戦況が思わしくない日本軍は、1年かそこらしか学んでいない通信兵の親父を硫黄島に派遣し、その後、南鳥島に転戦させられて、そこで終戦を迎えた。

終戦時はまだ19歳

運良く、親父は玉砕した硫黄島に残らなかったがために、結果的に生き延びることができた。

玉砕の道を選ばなかった南鳥島の司令官の判断が正しかったのかどうかは分からないが、結果的に、うちの親父は生き延び、俺が生まれることになった。

まるで、プライベート・ライアンの世界と同じやな・・・

 

1年余りしか戦場にいなかった親父だが、言ってたな、

 

周囲を敵に囲まれて孤立している島に、夜、兵器や食料を積んだ味方の飛行機が島に近づいてくると、夜間なのにもかかわらず、どこからともなく敵の飛行機が現れて、ことごとく味方の輸送機が撃墜されてしまいった。

それで、兵器もなく食料もない島の軍隊がどうしたか知ってるか?

と子供だった俺に聞く。

分かんない、と俺が答えると、親父は

俺も驚いたが、偉い人の考えることは俺も理解できなかったんだが、なんと、竹や草で飛行機に似せたものを兵隊に作らせて、敵にこちらにはまだ戦闘機があると思わせようとしたんだぞ!

と。

 

竹や木の葉っぱで作った戦闘機を滑走路に並ばせて、敵が本物の戦闘機だと錯覚してくれたかどうかは分からないが、こんなことやって時間稼ぎしているような日本軍は、負けるのも近いのかもしれない、と思いつつも、当時、軍国少年だった俺もそうだし、周りもそうだったので一言も上司の命令に疑いを持つことが許されない時代だったんで何も言わなかったが、少しおかしいのではないか?と感じてはいたんだよ、と。

 

あと、俺は少年兵だったからよく分からなかったが、先輩の通信兵の人達が、すごく焦って大きな部隊のある硫黄島と交信していて、「今、硫黄島から来た電信を上官に届けに行って来い!」と命令されて、そんな偉い上官に書類を届けに行くのは初めてだったので、すごく緊張して上官に書類を手渡したら、鬼のように怖い上官だと想像していた上官が、ありがとう、何か困っていることはないか?と俺に優しく声を掛けてくれて、すごく感激してな~

 

と懐かしそうに俺に話してくれた。

 

そんな親父の話を聞きながら・・・

 

敵に日本軍には戦闘機がまだ存在すると見せかけて、仮にそれが成功したところで、一層増すことになる敵の絨毯爆撃の攻撃に対して応戦できるだけの兵器がないのに、そんな見せ掛け倒しの戦闘ポーズを取る意味あんのか?と思ってしまいつつ、

「貧すれば鈍する」でダメな組織というものは怖いな・・・と、子供ながら俺の潜在意識の中に刷り込まれていった。

 

今、うちの親父は90歳で、昔の記憶が薄れてしまったみたいで、最近は、戦争当時のことを話すことはなくなってしまった。

 

俺が親父から戦争当時のことを聞いたのは、親父が今の俺ぐらいの年齢の頃だったかもしれないから、俺が小学校の高学年くらいだっただろうか。

俺が小学校低学年の頃は、一緒に風呂に入ると、古傷を見せて、敵の戦闘機に絨毯爆撃された時に撃たれた銃弾の跡だ、などと大袈裟な嘘を言って、俺を怖がらせたりしていたが、高学年になった頃には、そんな嘘は言わずに、当時を懐かしみながら、戦争の不条理を話してくれたっけ。

 

今日も、旅行代理店のてるみくらぶの社長が逮捕されるニュースが流れていたが、なんで負け戦と分かっていて、悪あがきをするのか?悪あがきをしなければ被害者が少なくて済んだはずなのに・・・と思うようなことがあった。

 

結局のところは、見栄とプライドが悪あがきをさせてしまうのかもしれない。

合理的に考えれば、見栄を張らずに早々に倒産してしまっていたら、被害者も少なくて済み、本人も逮捕されずに済んだはずなのに、そうなってしまう。

 

てるみくらぶの社長が悪あがきをする間においても、不正に気付いた社員も大勢いたと思うし、社長に意見した社員もいたのかもしれないが、飛ばされたり、イジメを受けて退職に追い込まれたり、不幸の連鎖を拡大させてしまったり、いろんな悪影響が付随して起きていたのだろうと思うと、ちょっとやるせない。

 

個々の保身を図って、部分最適を満たしても、全体最適とならないことは、過去に多くの事例があるにも拘わらず、未だに同じことが繰り返されている。

違法残業やら、過重労働を強いて、社員が自殺したり、鬱病になったり、被害を受ける個人もそうだが、企業全体としてみても弊害が大きいのに、いつまでもそこにメスが入らない。

そこにメスが入ると困る上層部がいるから、そうなるのだろうが、ほんと、法改正して経営者による企業犯罪の刑罰を重くするしか当面の解決策はないのではなかろうかと思うくらい、同じ悲劇が繰り返されてしまっている。

 

なぜこれほどまでに、日本の組織は、過去の失敗に学ばないのか?

そこが不思議でならない。