部下が栄転することになった。
部下と言っても、僅か3週間ほどの短い期間、俺の下にいただけの話なんだが、俺の部下に来て本人もやる気でいたところ、よんどころない会社の事情で急遽、転勤ということになった。
最初、その話を上司から聞かされて、この異例のタイミングでの人事異動は普通ないのだけど、この異動は本人のキャリアにとって、すごく良い話だと感じたので快諾した。
人的補充はないので、うちのチームとしてはマイナス作用が働く異動ではあるが、不思議と、マイナスの意識は感じなかった。
むしろ本音としては、「こいつ、若いくせにイマイチ冴えない奴なんで、うちで鍛えてから送り出すのがベターだったのが心残りだな・・・」というくらいしか思わなかった。
でも、サラリーマン生活、そうそうチャンスはないので、本人のためには「チャンスが与えられた」と理解して快く送り出すのが親心かと思った。
ところが、俺の感覚とは違う人がいて、「●●さん(俺のこと)、なんで、この人事異動に抵抗しなかったんですか!?うちの部署にとっては非常にマイナスになる話じゃないですか!」と言ってきた人がいて驚いた。
その人の言葉に、最初、何をこの人が言っているか理解できなかった。
俺に、その発想はなかったわ!
えっ、「うちの部署にとってマイナスになるから、会社全体の要請に基づく人事異動に抵抗すべきだ」なんて、俺の30年近いサラリーマン経験で一度も考えたことがなかった発想だったので、「そういうふうに考える人もいるんだな・・・」と今更ながら気づかされた次第。
「そういうふうに」というのは、まず第一に自らの利害に重きを置いた考え方をする自己中心的発想の人を指す。
自らの利害を優先して部下のチャンスを潰すことを良しとする発想は俺にはなかったわ。
よくよく考えれば、俺なんか、栄転なんてものは経験したこともなく、あるのは3回か4回の左遷人事の経験しかない訳で、そこからなんとか這い上がって来た経験しかない。
だからこそ、なのかもしれないが、部下の栄転を快く送り出す意識しか持っていない。
僅か3週間しか俺の下に居なかった部下に対しても。
それが上司たる者の正常な認識じゃないのかよ?
俺はよっぽどアマちゃんなのか?
えー!!!
確かに俺はアマちゃんかもな。
だから、上司と喧嘩したりして左遷を繰り返したり、転職する羽目になったといえば確かにそうだ。
で、その何が悪いのか!
っていう強い思いも未だにある。
そんくらいの強い反骨心がなければ、何回も左遷を喰らって、そっから這い上がってこれなかったと思うし、なにくそ―!と思って転職を決意することもなかっただろうし、転職活動を頑張れなかったと思うし、転職先でのイジメにも耐えてこれなかったと思う。
そんな苦労を若い人に味あわさせる気もないし。
そこは淡白
執着心は無い。
前の部署でもそうだし、その前の部署でもそう。
たまたま俺の部下になった奴でも、苦労を共にした部下の栄転は単純に喜ぶし、俺の部下になった奴に左遷された人間は一人もいない。
みんな、本人の希望通りか、希望以上の栄転ばかり。
一人だけいるかな
希望通りじゃないのが
あまりにも自己中心的な考え方で、チーム全体のことを考えない奴がいて、「その考え方はダメだ!」とダメ出しをした奴がいる。
だが、別に左遷はされていなくて、同じ部署に残っているだけなので、評価的には「横這い」ってだけ。
でも、彼の人事査定の評価は下げた。
前の上司は、いくら君が自己中心的であろうが、自らの役割を果たせばA評価にしてたかもしれないが、俺は「それは違う!」と。
チーム全体に貢献しようとしない奴は、いくら自分の役割を果たそうが、「やって当たり前の『普通(B)』の評価」だと。
それが当たり前の考え方ちゃう?
チームを率いる立場としては
与えられた人材で、如何にチーム全体のパフォーマンスを上げるのがマネージャーの役目なのだから、チーム全体に貢献しようとしない人間を評価しても意味がない。
ラグビーで言うところの「フォアザチーム(自己犠牲)の精神」が尊い。
「俺が、俺が」みたいな奴は、チーム運営上、害悪でしかない。
他のメンバーのモチベーション(士気)を下げるし。
自分のパフォーマンスを挙げたうえで、更にチーム全体の底上げに貢献することを考えないといけない。
そうじゃない「ノルマ主義の証券会社のカルチャー」で育った俺が証券会社のカルチャーを反面教師として学んだことはそういうこと。
営業ノルマが達成できていない同僚、部下を徹底的に批難して追い詰めて人材を使い捨てにする「詰めるカルチャー」は良くない、と。
そのカルチャーに疑問を持たずに継続しているから、証券業が衰退の一途を辿っていることに未だに気づいていない。
ほんと、アホだわ・・・
野村證券のスーパー営業マンだった(過去形)の人とも何人か話をしたが、「いくら頑張って一線級の営業成績を上げつづけても、ほんのちょっとしたことで揚げ足盗られて左遷される先輩達を見ていて背筋が寒くなったので転職することにした」と言ってた。
だって、外資に行けば億単位の年収がもらえるのに、なんで1千万円程度の年収で我慢しなくちゃいけなくて、尚且つ、ライバル同士の足の引っ張り合いにビクビクしなくちゃいけないのか?
「年俸3億円出しますんで、うちに来ませんか?」といった誘いがあるのに、野村で役員を目指すことに意義を感じませんでした、とか言う人から、そういった話を聞いた。
その人は、「私は、外から、とやかく言われるのが嫌いなんで、お断りします」と3億円の年俸を蹴って、自ら会社を起こす道を選んで、会社の立ち上げ時期は無報酬で頑張って、最終的には年俸5千万円の社長になった。
その後も、何回も、「3億円じゃ足らないなら、5億円出します」と誘われても断り続けたと。
「そんな金いらないから、しがらみ無しで俺の好きなように会社経営をしたい」と言ってた。
要するに、いくら高額報酬をもらっても、「雇われ社長は嫌だ!」ということらしく、そこが欧米人と違う日本人のメンタリティーなんだと思う。
みんなで頑張って、いい会社にして、社員全員、株主や取引先がハッピーになることが最上の喜びで、子供にいくら財産を残すかが目的ではない、と。
その話聞いて、お金からの解放、フリーダム宣言(独立宣言)なんだな、と理解した。
ただ、奥さんには、そこんとこの男子の本懐を理解してもらえなくて苦労したとかも言ってたけども。。。