今日も英文と格闘。

 

我ながら、あまりに単語が分からずにイチイチ意味をネットで検索しなければならない。

 

もしかして、俺の知っている英単語は200もないんじゃないか?

 

もっと、高校生時代に、ちゃんと英語を勉強しとけば良かった。

 

とか苦笑してしまう。

 

general meetingが株主総会の意味だなんて知らなかった。

 

annual general meetingで年次株主総会

 

日本だと定時株主総会となるそうだ。

 

note holder meetingというのもあった。

 

債権者集会なんだと。

 

noteは「ノートを取る」の帳面の意味だという頭でいたが、確かにTreasury noteとかmedium term noteなんていうのもあったから、noteに債券(債権)の意味があったことを知らなかった俺が迂闊だった。

 

てっきり債券は全てBondというのだと勘違いしていた。

 

調べたら、Bondは償還まで10年以上のもののみを指していて、10年未満の債券はNoteというんだとか。

 

日本では、期間の長さに関係なく、すべて「債券」と言ってしまうので期間的な意味合いがない。

 

たとえば、転換社債は全部、convertible bondなのかと思っていたが、10年未満のものはconvertible noteと明確に区別して言葉を用いていた。

 

その代り、債権者に関しては、社債券を持っている投資家だろうが、会社に対する直接的に貸付を行っていて借用書を持っている貸付人であろうが、同じ債権者(note holder)の括りになっていて、債権者集会というと、日本だとブローカー(証券会社)を通じて債券を購入した投資家は出席できないみたいな感じになっているけど、海外ではその区別はないみたいだ。

 

そういったことが分かってくると、「株主は債権者に劣後する」という理屈も理解しやすくなった。

 

株主はリターンが大きい分、会社からは遠い存在なので、債権者集会で決定したことに逆らうことは相当の持分比率を保有していないと難しい。

 

日本だと、単に「株主が一番偉い」みたいな、単純なイメージを持ちやすいけど、本来はそうではなくて、「会社の経営に口出しできない、発言権の低い権利しか持たない地位に甘んじている人達だからこそ、逆に尊敬しなければならない」という感じになるみたい。

 

で、会社の経営が上手くいった時には、債権者は貸付に対する利子しかもらえないけど、株主は投資額の何倍ものリターンが得られる可能性がある。

 

逆に経営が上手くいかなければ、債権者は貸したお金が丸ごと戻らないばかりか、下手すれば会社が負った負債まで背負わされることにもなりかねないが、株主はその責務がない。

 

やはり、株式会社という制度はイギリスの東インド会社を源流にして発展したせいか、英語で理解した方が単純で分かり易い。

 

英語だと、「権利と、負うべき義務」がはっきりと明確で分かり易い。

 

英語では同じ単語なのに、日本語だと複数の単語を使い分けるために非常に分かりずらい。

 

商法、会社法、民法、金商法が入り乱れている日本の法律が分かりづらいことになってしまっている。

 

日本語で考えると相当頭のいい人じゃないと仕組みが理解できないが、英語だとそれほどの知識がなくても理解しやすいことになっている。

 

ディスクロジャー制度にしても、日本は、やり過ぎ!

 

そうすることが投資家にとってユーザーフレンドリーだとされているが、それを逆手にとって、バイオ関係の企業とかは風説の流布に近いIRを野放図に発表しまくっている。

 

元々は日本でも、決算に関することだけを会社が公表していたのに、マスコミの要請によってやたら詳しい情報を逐一公表するようになったのだとか。

 

未確定の情報までも・・・

 

そのために未確定情報で株価が乱高下するインサイダー天国になってしまっているのは本末転倒ではないのか?

 

未確定情報であっても、それで株価が乱高下したほうが売買手数料が上がる証券会社は儲かるし、マスコミは企業情報の記事が書けて、投資家としては記事を読まずにおれないので新聞も売れる。

 

ハッキシ言ってしまえば、日経新聞と証券業界の結託によって、世界的には異常なほど頻繁にIRが日々公表される。

 

新聞といったメディアとしての情報が少ない時代はそれでも良かったのかもしれないが、ネットが普及した今の時代、日々配信される膨大な量のIRは必要性があるんだろうか?

 

単なる情報の垂れ流しではないのか?

 

で、それなりに経済記事を書ける人材を配置している日経新聞はまだしも、その他の新聞社は情報をフォローできないために、経済記事に関しては諦めの境地というのか、ただ情報を垂れ流すだけになってしまっており、こと経済記事に関しては、最早、クオリティペーパーなどと名乗れないくらいになってしまっている。

 

そこまで来ている中で、果たして賢明な投資家にとっては頻繁なIRは必要あるんだろうか?

デイトレーダーは別にしても・・・

 

とすれば、海外のように、もうちょっと、ちゃんと公表すべきIRは限られてしかるべき、という議論が本来湧くべきはずなのだが、日経新聞と証券業界がそれを許さないのだろう。

 

日々、材料があったほうが新聞も売れるし、売買手数料が入る

 

といった彼らの理屈によって。

 

いや、まだ、対面営業のあった牧歌的な時代は、営業マンが情報を取捨選択(フィルタリング)して投資家に自分の相場観とか見解を述べていたから、今ほどには問題にならなかったというか、逆に投資家を操ることができたというか、むしろ、そこが問題だとしてネット証券に取って代わられたという嫌いはあるにせよ、「ここまで来ると流石にどうなのか?」と思う。

 

バイオ関連なんか完全に市場のオモチャだし、多分、バイオ企業の人たちもテキトーな情報を垂れ流すことで、インサイダーしまくりなんだろうと想像する。

 

増資の引受証券が三田証券なんて、普通、ありえねーだろ!

 

どう考えたって、バイオ企業の目利きなんかできるはずもなく、単にバイオ企業とつるんで新株を乱発して儲けようとしているだけ。

 

昔のライブドア証券と一緒で、自己買のディーリングとトレーディングで稼ごうとしているだけの意識の低い博打好きの証券マンの集まりでしかない。

 

稼がなきゃ食っていけない「痩せ証券マン」の悲しい性ではあるものの、それやっちゃったら、他人に自慢できるポリシーもへったくれもない。

 

人として、その一線を越えられるか、越えられないかの違いは大きい。

 

今、一応まともな証券会社だとされている会社にしがみついている、ほとんどの証券マンはその一線を越えることに躊躇いがある人たちなので、単なるサラリーマンとして課される厳しいノルマを果たそうと努力し、世間で思われているほど高い報酬ではない安月給に甘んじている。

 

だけど、90年代前半のソロモン・ブラザースとか、ライブドア全盛時代に外資系で濡れ手に粟の美味しい思いをした馬鹿なトレーダーとかは、かつての成功体験が忘れられない。

 

んで、アベノミクスをいいことに、「もう一花咲かせよう」みたいな馬鹿なことをやっているのが今の現状。

 

潔く死ね!と彼らには言いたい。

 

自業自得なんだから。

 

濡れ手に粟で手に入れた報酬なんて、身に付かない。

 

高い報酬をいいことに30代で高級車やら高級マンションに注ぎ込んだ派手な生活が忘れられないらしい。

 

今や50代なのに。

 

カミさん、子供が贅沢に慣れてしまっていて、地道な会社で働いて安月給のままでは高級マンションのローンも払えず、子供の教育費も払えないと離婚されそうなので、「もう一回、夢を見よう」とか思ってんでしょ。

 

市ねよ、ばーか。

 

アリとキリギリスではないが、かつては、遥かに見下していた奴らが同じ50代になって、向こうはそれなりの地位に就いて今や順風満帆の状況の一方で、かつては外資系社員としてブイブイ言わせていた自分を雇ってくれるまともな会社は存在しないことに愕然として、訳の分かんない詐欺みたいなことに手を出している現状。

 

机を並べている同年輩の同僚を見ても、金の為に仕方なく今の仕事をしているのがアリアリと見えて嫌悪感を感じるものの、ふと、我に帰れば、「俺も同じだな・・・」と冷笑せざるを得ない。

 

外資系証券時代に、自分はエリートだと自負していたものの、実は単に客のカネを右から左に流していただけのことで、何も自分は偉くなく、結局、自分は何も創造してこなかった、と人生も半ばを過ぎた今になって気づく。

 

それにすら気づかない上の世代の連中は気楽でいいな・・・

 

とか、今になって自分を振り返って寂寥感を感じているのが、正直なところなんではないかと。

 

なので、もう一発、逆転満塁ホームランの博打を打とうとしているみたいなさ。

 

そんなとこちゃうかなー