なんだかハロウィーンが日本でもコスプレ祭として定着したらしい。

 

ここんとこハロウィーンでコスプレをしたい若い女の子や子供のために貸衣装屋が流行ってるんだとか。

 

ドンキなんかも仮装用の衣装を売ってるそうだ。

 

そこまで流行ってんだ!とか少しオジサンとしては違和感を感じつつも、同時に、別に楽しいならいいんじゃね?と思う気持ちもあったり。

 

イベントは数多くあったほうがいいし、なるべく参加した方がいい。

 

あと、昔から、お祭りは「無礼講」が基本的なスタンスなんだし。

 

普段の生活の中では上下関係や礼儀にうるさい中にあって、たまのお祭りぐらいハメを外した無礼講を許す文化が昔からあった訳やし。

 

かく言う俺も、あれは何年のことだったのかな・・・

 

当時二十歳を1年か2年過ぎくらいだから昭和61年だったのかな?

 

かれこれ今から30年前

 

当時まだハロウィーンが定着していない時代に、ハロウィーンの夜にサークル仲間と一緒に国●駅界隈の繁華街を女装して歩いた記憶がある。

 

口紅とファンデーションを顔に塗って、スカート穿いて、女性用のピンク色のTシャツ着て、頭にスカーフ巻いて、胸にテニスボールを入れてwww

 

結構、本格的w

 

ほぼ罰ゲーム的にそういうことをしようと盛り上がってしまって、最後まで「マジ本気でやるの?」と俺なんか最後まで「嘘だろ」と思ったけど、みんなやる気満々で盛り上がってるんでるんで仕方なく。

 

むしろ男よりも女性陣のほうが盛り上がってしまって、途中で止めるのを許しちゃくれない。

 

俺も当時は今よりずっと痩せてたので、170cmくらいある女性のTシャツやスカートやらなら、少しキツイながらもなんとか着れた。

 

鏡を見ながら化粧してると意外と、だんだん俺もその気になってきて、更に悪乗りしてテニスボールを胸に入れるってことになった。

 

その間、ずっと大笑いしっぱなしだったものの、いざ外に出るとなった時には恥ずかしさに耐えられなくて困った。

 

でも頭にスカーフ巻いて、真っ赤な口紅塗って、胸は巨乳で、しかも、すね毛生えてたら、すぐにみんな変な奴らだと気づくよな。

 

男は女装、女は男装で10人くらいで練り歩いたが、今考えてもほんとバカな集団だった。

 

しかし、スカートがこれほど寒いものだとは、その時初めて知った。

 

そりゃ寒いのなんのって

 

最初は道行く人には奇異の目で見られたけど、馬鹿な仮装をやってる学生だと理解してもらえたら、指笛とか吹いて「ねーちゃん綺麗だねー!」とか囃してくれたのが救いだった。

 

逆に、せっかくここまでして、周りから奇異な目で見られたまんまだったら救われねー

 

 

てなことも、今の俺の姿からは想像もできないようなことを過去にやってきたこともあって、今の若い人や、若い母親が子供と一緒に毎年、「今年はどんなコスプレしようか」と楽しむのは、俺はアリだと思う。

 

 

 

 

で、少しこっから先は小難しいことを考えてみる。

 

ハロウィーンてな、そもそも収穫祭とか、五穀豊穣を祝う秋の祭なんだろ。

 

どんな形態であろうとも、どの人種、民族であっても古くから収穫を祝う秋祭りっての存在していたのだろうと思う。

 

最早、最近は田舎でも途絶えてしまったのかもしれないが、俺の子供の頃、神社でヤマタノオロチ退治の神楽の舞とかを秋にやっていた記憶がある。

 

神楽舞の太鼓や笛の練習をさせられてた子らもいたし、俺らはもっぱら神輿担ぎだったが。

 

鼻に白粉塗られて

 

んで子供時分の楽しみとしては、神社の参道に並ぶ綿飴やら射的やらの露店のお店。

 

昭和40年代だから駄菓子屋が全盛期の頃だが、それ以上に、お祭りに並ぶ露店には子供の射幸心を煽る多くの商品が並んでいた。

 

非日常的な空間の中では異様に価値のあるかのように見えてしまうオモチャを前にして、少ないお小遣いを握りしめて、あれやこれやと悩む自分が居た。

 

やたら美味しそうに見える林檎飴やら、いい匂いのする焼きそばや、焼きトウモロコシも食べたいし、当たれば大きなプラモデルがもらえる射的もしたいし、妙に子供心をそそる火薬の臭いがする銀玉鉄砲とかも捨てがたいし。

「いや待てよ、少し見た目はちゃちーけど確実に買えるオモチャを買った方が、この後みんなで遊べるので、その方が得だぞ・・・」とか、俺も頭の悪い子供ながらもいろいろと悩む訳よね。思い出すだけでも子供の頃の楽しい記憶がよみがえってくる。

 

 

もとい

 

コスプレの話だった。

 

いや、基本、お祭りは古来からコスプレだった。

 

普段の自分の姿と違った衣装を着て怪物や英雄の仮装をして神楽を舞ったり、鼻に白粉を塗って御神輿担いだり、袴みたいなのを着て学校の音楽の授業とは違った雅楽っぽい音楽を演奏したり、ちょっと非日常的な空間のイベントだった。

 

時代と共に多少の姿かたちは変われども、人類誕生以来、数千年か数万年に渉って連綿と続いてきた祭に直面すれば、誰だって先祖伝来の遺伝子に組み込まれた太古の興奮を呼び覚まされて多少のハメを外すのも仕方ないものかと思う。

 

それを大人たちは眉をひそめて、あれはどうだとか言う方がおかしい。

若者のやることが理解できないのは、それだけ自分が歳を取ってしまったという証明にしかならないのにも拘わらず。