舛添要一はまるで民衆の敵のような扱いだな。
今辞任して都知事選をしてしまうと、次の都知事選では、もろに4年後の東京オリンピックの時に選挙しなくいけなくなってしまうので辞任できないらしい。
オリンピック関係者がそれじゃ困ると。
そんなんだったら別にオリンピックが失敗したっていいじゃない。
そういうと怒られるな、
電通やらなんやら賄賂送ってまでオリンピック誘致に努力したのが水の泡にはできねえか。
でもさ、世界中のアスリートがオリンピックを目指して競い合ってるからってんで、金使いに疑義が生じてる都知事を辞めさせられないっていーのは理屈が通っているのか?とも思わんでもない。
ある意味、利権ってすごいんだな、と思わせられる。
クリーンなイメージのあるスポーツの世界に桝添に辞めてもらっては困る事情がある。
全然クリーンじゃねえじゃん!
東京のヤクザに莫大な金が落ちるイベント
まあ、東京のヤクザは朝鮮系が強いのだけどもさ。
辞任する舛添に名誉回復の道がないのもアレなんだろうし、スポーツ振興やらなんやら支障があるんだろうけど、「青少年に及ぼす影響」っていう観点からすると、大人のドロドロした姿をこれ以上見せるのは早く幕引きにすべきような気がせんでもない。
オリンピック成功で東京のヤクザに金を落とすことより、もっと大切なことがある。
子供の頃、床屋の「つぁんつぁん」という人がいたことを、ふと思い出した。
今から40年も前のこと。
中学生になるころには、その床屋はなくなっていたが、長年、小さな村で床屋をやっていた。
子供ながらに、その床屋のオジさんが怖くてな。
悪い子にしてると、つぁんつぁんに頭に塩を掛けられて食われてしまうぞ!
と脅かされて、本気で信じてた。
ま、今にして思えば、普通に暮らす名もなき一市民として人生を全うしたオッサンなんだが、小さな村が全世界のように思ってる俺ら子供からしたら、そんな他愛もない風評だけで恐怖してたんだよな。
夕方薄暗くなれば、周囲の木がお化けに見えたりして、怖くなって走って家に帰ったり。
小学生が被る黄色の帽子
通学途中、少し知恵の足らない小学一年生の女の子がその帽子をドブに落として困っている場面に出くわした時、俺ら高学年の男子は普段は、知恵遅れの子らを避けたり、「バッチ―!」と囃したりしていたので、極力無視して通り過ぎようとしてしまった。
通り過ぎて30メートルほど行ってから、やっぱりこれじゃいかん!と思い直して、その子の近くに戻り、地面に伏せてドブに手を伸ばして拾ってあげた。
誰も見てないし、むしろ俺としては誰にも見られたくなかったので、彼の女に帽子を渡して、俺はそそくさとその場を立ち去った。
少女は何か言いたそうだったが、言葉を待たずに俺は去った。
なぜか、昔のそんな小さな出来事をいつまでも覚えている。
あれから40年、彼女は知恵遅れということで、その後の人生も辛い思いをしているだろうな・・・と。
俺らがたまの贅沢だとして、旨いもん食ったり、飲んで騒いだり、行楽に行ったりするけど、彼女はできているんだろうか?
ふと、そんなことを思ったりする。
自分をエリートだと思っている人達は、過去の人達を無能な人たちだと認識しているのかもしれないが、名もなき市井の人々の小さな幸せを守ることが、どれだけ大変なことなのか、よくよく肝に銘じておくべきかと。
今辞任して都知事選をしてしまうと、次の都知事選では、もろに4年後の東京オリンピックの時に選挙しなくいけなくなってしまうので辞任できないらしい。
オリンピック関係者がそれじゃ困ると。
そんなんだったら別にオリンピックが失敗したっていいじゃない。
そういうと怒られるな、
電通やらなんやら賄賂送ってまでオリンピック誘致に努力したのが水の泡にはできねえか。
でもさ、世界中のアスリートがオリンピックを目指して競い合ってるからってんで、金使いに疑義が生じてる都知事を辞めさせられないっていーのは理屈が通っているのか?とも思わんでもない。
ある意味、利権ってすごいんだな、と思わせられる。
クリーンなイメージのあるスポーツの世界に桝添に辞めてもらっては困る事情がある。
全然クリーンじゃねえじゃん!
東京のヤクザに莫大な金が落ちるイベント
まあ、東京のヤクザは朝鮮系が強いのだけどもさ。
辞任する舛添に名誉回復の道がないのもアレなんだろうし、スポーツ振興やらなんやら支障があるんだろうけど、「青少年に及ぼす影響」っていう観点からすると、大人のドロドロした姿をこれ以上見せるのは早く幕引きにすべきような気がせんでもない。
オリンピック成功で東京のヤクザに金を落とすことより、もっと大切なことがある。
子供の頃、床屋の「つぁんつぁん」という人がいたことを、ふと思い出した。
今から40年も前のこと。
中学生になるころには、その床屋はなくなっていたが、長年、小さな村で床屋をやっていた。
子供ながらに、その床屋のオジさんが怖くてな。
悪い子にしてると、つぁんつぁんに頭に塩を掛けられて食われてしまうぞ!
と脅かされて、本気で信じてた。
ま、今にして思えば、普通に暮らす名もなき一市民として人生を全うしたオッサンなんだが、小さな村が全世界のように思ってる俺ら子供からしたら、そんな他愛もない風評だけで恐怖してたんだよな。
夕方薄暗くなれば、周囲の木がお化けに見えたりして、怖くなって走って家に帰ったり。
小学生が被る黄色の帽子
通学途中、少し知恵の足らない小学一年生の女の子がその帽子をドブに落として困っている場面に出くわした時、俺ら高学年の男子は普段は、知恵遅れの子らを避けたり、「バッチ―!」と囃したりしていたので、極力無視して通り過ぎようとしてしまった。
通り過ぎて30メートルほど行ってから、やっぱりこれじゃいかん!と思い直して、その子の近くに戻り、地面に伏せてドブに手を伸ばして拾ってあげた。
誰も見てないし、むしろ俺としては誰にも見られたくなかったので、彼の女に帽子を渡して、俺はそそくさとその場を立ち去った。
少女は何か言いたそうだったが、言葉を待たずに俺は去った。
なぜか、昔のそんな小さな出来事をいつまでも覚えている。
あれから40年、彼女は知恵遅れということで、その後の人生も辛い思いをしているだろうな・・・と。
俺らがたまの贅沢だとして、旨いもん食ったり、飲んで騒いだり、行楽に行ったりするけど、彼女はできているんだろうか?
ふと、そんなことを思ったりする。
自分をエリートだと思っている人達は、過去の人達を無能な人たちだと認識しているのかもしれないが、名もなき市井の人々の小さな幸せを守ることが、どれだけ大変なことなのか、よくよく肝に銘じておくべきかと。