高倉健が亡くなった。

喪失感がすごい。

昭和の時代がどんどん遠のく。

個人的には野生の証明からだった。

幸せの黄色いハンカチ、遥かなる山の呼び声

健さん的な男の生き方が、辛い道だけど求めるべき生き方なんだと思わせてくれた。

健さんはチャライ生き方を否定してくれるバイブルだった。








僕は刑期を終えて
家路に向かうバスの中
手紙で伝えたとおり
僕は近々出所する

もし君がまだ僕を必要としてくれているなら
古いオークの幹に
黄色いリボンを結んでおいておくれ

3年も服役していた僕だけど
君はまだ僕を必要としてくれているかな?

もし黄色いリボンがなかったら
僕はバスを降りず
君との事は忘れることにするよ
悪いのは僕なんだから

バスの運転手さんよ
僕の代わりに見てきておくれ
ちゃんとリボンがあるかどうか
とても自分じゃ見られそうに無いんだ

僕はまだオリの中も同然
自由への鍵は彼女が握ってるんだ

バスの乗客みんなが騒いでいる
目の前の光景が信じられないよ

100個もの黄色いリボンが
古いオークの幹に結ばれていたんだから!





世間の人にはバカだチョンだと罵られる生き方って実際あるんだと思う。

今日なんかでも、9時過ぎから同僚と飲んだが、前の俺らのチームの批判が誰かの口から出た。

うちらのチームが大勢たって、たかだか12、13人程度なのだが、それでも他のチームよりは多くて、そんでも他のチームができんのでうちらのチームが組織全体の面子を懸けて、複数案件を掛け持ちして数もこなし、品質的な部分もそれなりのことをやってたんだが、よそのチームは自分らが、できもせんくせに批判の目で俺らを見てたことが分かった。

俺らのトップが、家族的な少人数のチーム編成で初めから終わりまで全部できればいいが、実際の所は、そうはできないってことで、与えられた戦力の中で人材の能力的な凸凹もある中で成果を挙げるにはこういうスタイルがベターなんだと推し進めてたんだが、周りの奴等はそうは思ってなかったということ。

俺としては何の文句があるんだかさっぱり理解できない。

所詮、個人の能力には能力差があるのに、少人数での家族的なチーム編成で臨んだって、相手が大きければやりきれなくて、やれたとしても、こじんまりした成果に終わる。

与えられた条件で最大のパフォーマンスを挙げるには、多少は人のやり繰りができる程度の人員は欲しいと思うのは指導者の人情やと思うんだが。。。

それを否定して、「僕らは少人数のチームで家族的な雰囲気の中で、できる範囲のオアフォーマン巣を挙げました!」って言ったって、組織全体の評価では、大した成果を挙げていないっていう評価になるのに、彼らが何を言ってるのか俺にはさっぱり理解できんかった。

組織全体が評価されなければ、お前らのやってる一チームの仕事の出来栄えなんか意味がないだろ!!!

そりゃ、俺とか、始まりから終わりまで全部に携わってないさ、正直。

でも、お前らが一つの案件を全員が全力でやって、やっと一件のところ、俺らは分業制のシフトを組んでお前らと同じ時間で二件、三件をこなして組織全体の評価を高めてんのに、何の文句があるのか?と思ってしまう。

個能の得手不得手とか考慮して効率的にやろうとすれば、俺らのチームのやり方がベターなのは明らかなのだが、この今のご時世ですら、それに文句を言うやつがいるということ。

そんなこと言ったら、女性登用とか、男でも育児休暇を取りましょうなんていうスローガンが達成できることは、絶対にありえない。

そういう純血主義の考えだったら、女性なんかチームに居て欲しくないとしかならん。

体力的に無理だもん、女性は。

結婚や子育てを諦めた女性とかバケモノみたいな女性なら男並みに仕事できるんか知らんけど、別にそこまでせんでもいい話を無理くりハードルを上げてるだけのように思うけどな。

どーも、そこの背景には、残業代稼ぎの論理があるらしくて、仕事の品質は別にして、長時間労働して残業代を稼ぎたいってのがあるらしい。

うちのところなんかも残業代は半分しか出ないんだけど、それがないと暮らしていけないところがあって、それで残業したがる風潮がある。

これは日本の労働基準レベルがおかしい部分なんやけど、有給休暇とかが余ったら会社が買い取る制度とか欧米企業並みの制度がないのが問題なんではなかろうかと思う。

外資に行った奴らとかから話聞くと、有給の買取とか、退職時の割増退職金とか高率である。

金融の世界だけかもしれんが。

その分、日本企業と比べれば、こと実績に関してはシビアだよね。

実績が出なければ、すぐに肩たたき。

1年単位で成果を求められるし、成果が出なければ1年で契約更改しない。

その分、残念な結果に終わって、「とっとと辞めてください!」っていう評価になった人にも、十分な報酬が出る。

その違いを分からん人間が、やれ家族的雰囲気がどうとかこうとか言う。