年が明けたな

代わり映えのしない、いつもの新年の迎え方

進歩がない

それでも、こうして暖かい布団で寝られるだけでも、俺はまだマシな方かもしれん

2005年に転職して、それからも必死で頑張ったからなんとかなってる

あのタイミングがラストチャンスだった

もっと早くできれば良かったのだが、俺のスペックが足らなかった

今にして思えば、未熟であっても、2000年頃に転職するのがベストだったのだろうが、自信がなかったのと勇気がなかった

新卒の就職で失敗したことは、入社すぐに気づいたが、なすすべがなかった

今とはだいぶ環境が違う

20代の頃の90年代に辞めた奴で、うまく行ってるのは、家業を継いだ奴か、家庭のバックアップがあって資格取得のために1年か2年か無職のまま勉強できたやつ

それ以外だと、期待せずに入った中小企業がたまたま成功したやつくらいか

そんなのが一人いると聞いた

なんとか暮らしていける程度に頑張ってるのはいるといえばいるが、かなりキツイらしい

人づてに噂を聞いていても、面倒見良く連絡を取り合ってた奴であっても、年々、音信不通になるというから、なんとなくそういうことなのかなと思う

今親しくしてもらってるCPAさんでも、最初に入った外資系が失敗で、そっから一念発起して死に物狂いで勉強して、なんとか無職2年で合格したから、人生を持ち直せたと言ってた

いい会社に入った奴でも、不景気になれば工場を閉めたり、地方の事業所を畳んでリストラする

別に能力的にどうとかなくたって、一定割合を切らないといけないから、希望退職の話しが30歳くらいで来るし、その年齢だと別の道に進むラストチャンスでもあるので、人生の選択を迫られる

残って、この先いいことがあるとも限らないので

むしろ、会社の先が見えた状態で残る選択も相当勇気が要る

俺も31歳の頃だったか、28歳以上に希望退職の話があって、どうすっか相当悩んだ

会社は、一定割合の数を確保しようと、何人かに肩叩きをしてて、俺が悩んでる間に定員が埋まってしまった

定員以上の希望者がでた場合は、年長者優先という決まりだったし、若手は肩叩きにあった人しかダメということだった

で、肩叩きされていない人間が応募すると、辞めさせてくれないわ、あいつは希望退職に応募した奴という扱いになって冷や飯を食わされることになるので、自動的に手を上げれなくなる

そういうのは本当はいけないらしいが、実際は横行してる

肩叩きされるのがいいのか、傾き始めた会社にキープされるのがいいのか、どっちがいいかわからない

で、残ってはみたものの、一瞬は景気が良くなっても、構造的な問題が表面化してきて、またリストラ

ここで3年か4年が前回から経ってしまってるので、俺も35

この時は、完全に45歳以上に希望退職は限定されてたのでどうしようもなかった

だが、会社のやり方をはたから見てても、怖かった

もう、恫喝で先輩らを希望退職に追い込んでて、次は俺らかと恐怖せずには居られなかった

その日がいつ来てもいいように準備だけは怠らないようしとくしかないと思い定めた

で、その日が数年後に来た

こん時は、もう、みんな疑心暗鬼で、我れ先に応募してった

さすがに俺も悩んで、もう40手前で、次の当てがあるのか?と自問自答の日々

でもまた、先手を打たれて、お前は残れ、応募しても辞めさせないからなと言われてしまった

で、残ってしまった

残って半年後に、自己都合で退職してやった

ものすごく後悔した

あの時に辞めなかったことに

結局、残っても、モチベーションが上がらなかった

モチベーションどころか、会社に対する不信感やら、残った連中と考えかたが合わなくて、もうやってらんねー!となった

僅かばかりの退職金を手にして泣きたくなった

てか泣いた

悲観しそうにはなったが、空気を読めないから、妙な自信を持ってた

何度か面接や書類で落とされて、かなり凹んだけど、そんな経験も半分面白がって臨んでた

こいつら俺を落として後で後悔するぞ!みたいな

あんまり遊び半分でやってると本気でヤバいとなってきた時に、考えられる限りでベストの会社に応募したら、運良く通った

自分なりに本気でやったというのはあったけど、まあ、よく向こうも採用したなと今でも思う

入ってからがまた大変ではあったが、やりたい仕事をさせてもらってんだからと感謝もあって、なんとかやってこれた

かなり険しい山を何度も登らされる羽目にもなったが、登りきれば自分の自信にもなった

やっと去年からは安定期に入った感じかな

ま、そんなことを言ってると、いつ何が降ってくるかわかんないけどさ

これまで風を捕まえるのが下手で、何度も煮え湯を飲まされてきた割りには、今、一番いい風をつかんでるのは、何故か俺みたいな男だったりして