故郷を離れて30年近くなるのか

今朝方うとうとしてると、30年前の故郷の風景がカラーで現れた。
通りのどこそこの家がどんな色の壁だったとか、鮮魚屋さんで買い物してるおばさんたちの姿とか、鮮明に思い出した。
今の故郷の風景とは、全く違う。
今は、どこのお店も畳んでしまって、活気はないし、子供たちの姿を見かけることもない。
通りと言えば、手押し車のおばあさんがヨタヨタと歩いているくらいなもん。
これが過疎地域の現実なんや。

たまに帰っても少年野球なんかしてる風景は見かけない。
かといって、サッカーしてるわけでもない。
子供そのものがいないのだ。

最近は、ゲートボールしてる年寄の姿すら見ない。
こんな地域で商売しても食っていけないから、廃屋ばかりが増えてる。
俺が子供の頃に、少年野球のコーチやったり、町内会長やったりで元気だった豆腐屋さんも、銀行に店を差し押さえられてしまって、一軒一軒、行商に回ってるとか。
その姿が哀れだし、昔からのつき合いもあるんで、うちの母親も、毎日のように、その人から豆腐を買ってると言ってた。

家が商店してて家を継いだ同級生なんかも、商売が成り立たないから、年老いた親に店番さして、自分ら夫婦で共働きに出てるというのが多い。

仕事たって、道路工事現場の誘導員とか、セブンイレブンの配送とか。

こんな調子だから、過疎地域の子供らは、スポーツでも、勉強でも、コミュニケーション能力も、レベルが低いってことになってしまうんだろうな。
元々持ってる素養の違いじゃなくて、単に、その機会がないってだけで、そうなってしまう。
機会均等じゃないんだからな。


この30年近くの間に、日本の田舎の風景がガラッと変わってしまった。
気づかないのは、故郷を離れて都会で、なんとか自分の居場所を必死で確保しようと、周囲が目に入らない状態で生きてきた俺みたいな男くらい。
これを浦島太郎と同じと言うなら、確かにそれは当たってると思う。

自虐的すぎるかもしれんが。





ま、俺は俺で、周りなんか見てる余裕なんかなかったというか、むしろ、他人の姿を見ては、はあ~と溜め息つきながら、自分のグダグダの人生を立て直すのに必死だったからさ。

気が付きゃ、それなりの年を食ってしまってて、毎日、ヘトヘトで、疲れ切った姿を世間様に晒してるような情けない有様。

仕事は、別に恥ずかしいことしてるわけでもなく、それなりにハイレベルのことしてても、仕事のパフォーマンスを絞り出すのに精一杯で、帰りの電車の自分の姿とか、もう目も当てられないくらいひどい状態だってことは、自分でも自覚せざるを得ないくらいひどい姿だと思う。


重ねた時が、いつしか~、私を~変えて~た♪



自分のとっては、別の意味で意味深な歌詞になってしまってるな。

こうして、あらためて歌を並べてみてみると、竹内まりやの歌は、その歌詞と、どこかで聞き覚えのある懐かしいサウンドで、基本的に「本当の自分」とか「素直な自分」とかを思い起こさせるような、郷愁を誘うような感じになってるんだな。

恥ずかしい自分に目をそむけないで、ちょっとした勇気を持とうよ的な歌詞にもなってる。
これはドリカムの歌詞にも通じるけど。

甘美な想いに浸れると同時に、正直、胸が痛いです。

これがノスタルジーなんだな




夜毎 つのる想いに
胸を熱くした日々 ただ
あなたの そばにいれば
幸せだったのに 重ねた時が
いつしか私を変えてた
同じさみしさを今
ふたり 分け合っているだけ
すれ違いの愛で 失った言葉が
もうすぐ きっと よみがえるから
このまま 離れずに
傷つけあうより 素直な心と
微笑み選んだの

優しさ忘れて
暮らしていた事 初めて気づいたの
部屋を出て行く勇気
とても持てないけれど でも
少しだけ あなたを
心配させてみたい
輝いていた頃の私に
再び戻って 再び戻って
夜毎 つのる想いに
胸を熱くした日々