今でもセミナーとか研修は嫌いだ。
そんな短時間でマスターできるほど賢くない。
セミナー業者なんか糞の役にも立たないのだから、とっとと廃業してほしい。
元職時代にはFP資格も取らなかった。
なんで、セールスマンの拍付けのための資格なんか取らなきゃならんのだ?
自営業のFPとして独立するなら話は別だが。
と、開き直ってた。
「俺様気分」もいいとこ。
高校の同級生が都銀を辞めて独立FPとして商売していることを知った。
本なども何冊か書いて、それなりに真っ当なFPらしい。
でも、実際のところは、資産運用や節税アドバイスでは食っていけないみたいだが。
早くから独立した都銀出身のFPということで、その道のオーソリティーになったようだ。
俺はあいつみたいに勉強はできなかった。
いや、あいつも高校の時は大したことのない部類だった。
300人の同級生の中で、俺が200番前後、あいつが100番台てな成績の違いでしかない。
確か、上智か青学、いわゆるそれ系の学校だったような気がする。
逆に言うと、「あいつでも都銀に就職できたんか」と思うと、なんとなく自分が寂しくなる。
きっと、バブルを謳歌したのだろうな。
寂しくなるからこれ以上はやめとこう。
スキル
すべては、スキルだよオッカサン
学のないやつぁ、スキルをどう身につけるかだ。
頭のいいやつは脳で汗かく、頭の悪いやつは体で汗かくしかねえ。
骨惜しみなんかするんじゃねえ。
損得なんか考えず、まめまめしく、甲斐甲斐しく、働くしかしょうがねえ。
やってから物を言え。
よくそう言われた。
いや、言ってもいいんだよ。
別に文句言ったっていいんだよ。
言って気持ちが落ち着くなら、泣き言の一つ二つ言ったってかまやしない。
辛い坂道、文句ぐらい言わなきゃ、やってらんねえじゃん。
そんでも登ることに意義があんだよ。
登ってみりゃ、それまでと違う風景が見えてくる。
問題は、違う風景を見たところで、次にどう考えるかだ。
一つ山を登れば、今登った山と違う高さの山があることに気づく。
それを見てみぬふりして、お山の大将で満足するか?
「いやいや、自分が登った山も死ぬ思いできつかったけど、あそこにもっと険しい山が見えてて、それ登ってないのに、なんも偉そうなこと言えないでしょ?」って謙虚になれるかだ。
そんでまた次の山に登る。
険しい山を登れば滑落しそうな危険にも出会う。
そりゃ、親の七光りで、ロープウェイで頂上近くまで行く人間もいるでしょう。
そこんとこグっとこらえて、崖にしがみつこうとする自分がカッコいいんじゃん。
そんな自分の姿、誰も見てはくれないさ。
報われるとか報われないとか、そんなん関係ないのさ。
岩場のちょっとした休息できる場所を見つけて、昼飯食ってる程度が今のポジション。
昼飯食い終われば、降りるわけにもいかねえ、登るのもしんどい、どっちもどっちやな、「どうすっか、俺」と次の選択を迫られる。
いつもそんな選択に悩む。
でも、結局のところ「自ら進運を開拓すべし」だ。
偉くなれるとかそんな問題じゃない。
「生きたい」という「野性の呼び声」だ。
そうスキルな。
学校で教えてくれるのは平均的なこと。
必要以上に期待するほうがどうかしてる。
塾が教えてくれるのは受験テクニック。
すべては金次第でありんす。
金のある無しばかりは如何ともしがたい。
親を恨んでも始まらない。
産んでくれただけ有難いと思うしかない。
チャンスは親から与えられたんだ。
生まれた環境が悪いと嘆いて、そっから一歩も出ない人間もいる。
お前、それでいいんか?って話だぜ。
まったくもって、語るに落ちる話だ。
クソ親父だろうが、鬼ババアだろうが、感謝せねば。
チャンスは掴んでみて初めて、それがチャンスだったことが分かる。
他人には見えない姿をしているのが、自分にとってのチャンス。
どんな姿、形をしてるか分からんよ。
常に目を皿のようにしてなきゃ。
まず自分にできることは、今日の山を登ることだ。
無駄な努力になるかもしれないけど、登ってみなきゃ果たして何が待ってるか分からん。
よく見りゃ、無駄な努力になるのを恐れて、理屈こねて登りもしない奴らがなんと多いことか。
それだけチャンスが転がってるかもしれん。
それぐらいの遊び心がないとチャンスはつかめん。
そんな短時間でマスターできるほど賢くない。
セミナー業者なんか糞の役にも立たないのだから、とっとと廃業してほしい。
元職時代にはFP資格も取らなかった。
なんで、セールスマンの拍付けのための資格なんか取らなきゃならんのだ?
自営業のFPとして独立するなら話は別だが。
と、開き直ってた。
「俺様気分」もいいとこ。
高校の同級生が都銀を辞めて独立FPとして商売していることを知った。
本なども何冊か書いて、それなりに真っ当なFPらしい。
でも、実際のところは、資産運用や節税アドバイスでは食っていけないみたいだが。
早くから独立した都銀出身のFPということで、その道のオーソリティーになったようだ。
俺はあいつみたいに勉強はできなかった。
いや、あいつも高校の時は大したことのない部類だった。
300人の同級生の中で、俺が200番前後、あいつが100番台てな成績の違いでしかない。
確か、上智か青学、いわゆるそれ系の学校だったような気がする。
逆に言うと、「あいつでも都銀に就職できたんか」と思うと、なんとなく自分が寂しくなる。
きっと、バブルを謳歌したのだろうな。
寂しくなるからこれ以上はやめとこう。
スキル
すべては、スキルだよオッカサン
学のないやつぁ、スキルをどう身につけるかだ。
頭のいいやつは脳で汗かく、頭の悪いやつは体で汗かくしかねえ。
骨惜しみなんかするんじゃねえ。
損得なんか考えず、まめまめしく、甲斐甲斐しく、働くしかしょうがねえ。
やってから物を言え。
よくそう言われた。
いや、言ってもいいんだよ。
別に文句言ったっていいんだよ。
言って気持ちが落ち着くなら、泣き言の一つ二つ言ったってかまやしない。
辛い坂道、文句ぐらい言わなきゃ、やってらんねえじゃん。
そんでも登ることに意義があんだよ。
登ってみりゃ、それまでと違う風景が見えてくる。
問題は、違う風景を見たところで、次にどう考えるかだ。
一つ山を登れば、今登った山と違う高さの山があることに気づく。
それを見てみぬふりして、お山の大将で満足するか?
「いやいや、自分が登った山も死ぬ思いできつかったけど、あそこにもっと険しい山が見えてて、それ登ってないのに、なんも偉そうなこと言えないでしょ?」って謙虚になれるかだ。
そんでまた次の山に登る。
険しい山を登れば滑落しそうな危険にも出会う。
そりゃ、親の七光りで、ロープウェイで頂上近くまで行く人間もいるでしょう。
そこんとこグっとこらえて、崖にしがみつこうとする自分がカッコいいんじゃん。
そんな自分の姿、誰も見てはくれないさ。
報われるとか報われないとか、そんなん関係ないのさ。
岩場のちょっとした休息できる場所を見つけて、昼飯食ってる程度が今のポジション。
昼飯食い終われば、降りるわけにもいかねえ、登るのもしんどい、どっちもどっちやな、「どうすっか、俺」と次の選択を迫られる。
いつもそんな選択に悩む。
でも、結局のところ「自ら進運を開拓すべし」だ。
偉くなれるとかそんな問題じゃない。
「生きたい」という「野性の呼び声」だ。
そうスキルな。
学校で教えてくれるのは平均的なこと。
必要以上に期待するほうがどうかしてる。
塾が教えてくれるのは受験テクニック。
すべては金次第でありんす。
金のある無しばかりは如何ともしがたい。
親を恨んでも始まらない。
産んでくれただけ有難いと思うしかない。
チャンスは親から与えられたんだ。
生まれた環境が悪いと嘆いて、そっから一歩も出ない人間もいる。
お前、それでいいんか?って話だぜ。
まったくもって、語るに落ちる話だ。
クソ親父だろうが、鬼ババアだろうが、感謝せねば。
チャンスは掴んでみて初めて、それがチャンスだったことが分かる。
他人には見えない姿をしているのが、自分にとってのチャンス。
どんな姿、形をしてるか分からんよ。
常に目を皿のようにしてなきゃ。
まず自分にできることは、今日の山を登ることだ。
無駄な努力になるかもしれないけど、登ってみなきゃ果たして何が待ってるか分からん。
よく見りゃ、無駄な努力になるのを恐れて、理屈こねて登りもしない奴らがなんと多いことか。
それだけチャンスが転がってるかもしれん。
それぐらいの遊び心がないとチャンスはつかめん。