吉良上野介と仙石さんのイメージが重なってしようがない。
そろそろ忠臣蔵シーズンでもあるせいか・・・

松の廊下で刀を抜いた浅野内匠頭が悪いのは当然としても、君主の切腹と藩の取り潰しという過酷な責めを課せられた赤穂藩と、お咎めなしの吉良では、喧嘩両成敗の原理原則から見て庶民感情として納得できなかったことが、その後、赤穂浪士事件に発展していったと個人的には理解している。

忠臣蔵は、君主の浅野内匠頭も殿中での抜刀という法律違反をし、家臣も討ち入りという法律違反をしてそれぞれ罰せられたが、庶民の間では忠義の物語として人気を博している。
個人的には忠臣蔵は好きなテーマではないが、大多数の人にとっては非常に好まれている。


そして、赤穂浪士事件から数百年経った今回も喧嘩両成敗でなければ庶民は納得しないだろう。
sengoku38さんを罰すれば、もう仙石さんの首を差し出さない限り事態は収束しないのではないか。
すでに庶民感情はそれに近いものになっている。
仙石さんが庶民感情を無視して流出事件を煽ってしまったがために、sengoku38さんとの首と仙石さんの首のレベルが一緒になってしまった。
仙石さんが挑発的言動で自らそうしてしまったのだから仕方ない。
下手に犯人探しを大々的にやったものだから、単なる職務違反者を殉教者にしてしまった。
刑罰を課すにしても、殉教者を作るのは非常にまずいやり方だ。

イエス・キリストも法律を犯した犯罪者だった。
日蓮も幕府によって犯罪者として島流しになっている。
親鸞もそうだ。
もし、時の政権に対する法律違反というだけで言うなら、日蓮や親鸞を崇拝したら仙石さんの言うところの「犯罪行為を賞揚する」ことになってしまう。


確かに法律は大事だけど、かといって法律がすべてではないからね。
最終的には、法律より愛が優先される。
共産主義者は宗教を否定し、愛よりも法律を重視するのだろうが。

仙石さんの一連の挑発的な発言には愛がない。
言葉に愛がないことを庶民が感じ取ってしまっている。


国家公務員法違反はそれなりに重大だが、自首してきた人間を凶悪犯のように逮捕して、刑事告発するというのは警察としても逡巡するところだが、とりあえずはそうせざるをえないだろう。
そうしたからといって警察を非難することはできない。
政府が警察にそう指示しているわけだから、警察としてはその指示に従わなければならない。


人の行動には理由がある。
法的に許される許されないにかかわらず。


法律の専門家で、行政の長である橋下知事が、決して許されないことだと言っていたが、それもどうかと思う。
法的認定に関して政治家が口をはさむのはやめたほうがいい。
政治家が僕らに向かって言うことではない気がする。
正しいことを主張するだけが政治ではない。
いくら主張が正しいとしても、聞く側としては上から目線で言われているようで、素直には受け入れ難いものがある。
庶民感情をうまく汲み取りながら発言しないと、逆に危険な方向に向かわせてしまう。


それほど今回の事件は庶民感情的にデリケートな問題だと思う。

仙石さんの挑発的な物言いがそうしてしまったのだ。