ボストン茶会事件が出たところで。
何気に、これで正しかったのかなと不安になって調べてみたら、「お茶会」とはなんも関係なくて、パーティーをどう訳すかの違いみたいだ。
確かに、サードパーティー(第三者)とか、カウンターパーティー(カウンターパート:取引相手、商売相手)という言葉もあるしな。
「Boston Tea Party 事件」の正確な訳は、「ボストンの茶葉取扱業者組合の反乱」というところか。
パート、パーツには、部品とか、一部とか、構成員とかいう意味合いもあるし、ティーパーティーなら「茶葉取扱い業者組合」となる。
パーティーになると、「仲間」になるのが本来の意味で、通常使ってるパーティーは「仲間同士の会合」程度の意味になるのだろう。
パートタイマーとなると、「一定(生活の中の一部)の時間だけを何かに費やす人」という意味だから、「パートタイム○○」という形が本来。
「パートタイムで働く人」という意味が、和製英語だと何故かパートタイマーになってしまう。
わかるけどね。
そうすると、俺らはフルタイムワーカー(正社員)ということになる。
パートタイマーという和製英語があるなら、フルタイマーがあって然るべき気もするのだが、それはないようだ。
フルタイムと言っても、まさか産業革命時代の炭鉱労働者じゃあるまいし24時間働く訳にもいかないから、法律的にも人権的にも、9時‐5時くらいの8時間労働が、労働時間におけるフルタイムになる。
ナイントゥファイブでいったら、昼飯時間がカウントされてない気もするが、昼飯は基本的人権ということで、アリなんだろう。
しかし、これまた、なぜか、やたら人権を叫ぶ連中が、8時間にこだわり過ぎて、逆に「8時間キッチリ働け」とか訳の分かんない主張をするもんだから、本当に労働者の味方なんだかなんだかよくわからねえことになっている。
昼食時間が1時間なのか45分なのか、お昼寝含めて2時間が妥当なのか、それぞれのお国の事情もあるから一概に言えないのかもしれないけど、とりあえずは「昼食時間コミコミで8時間労働」が、本来の基本的人権なハズなんじゃねえのか?とか思うだけどさ。
要するに、人権屋なんてのは、なんのこっちゃねえ、労働者の味方と言いつつ、その実、資本家の犬だろ?君ら。
教条主義者の陥る罠だ。
なんと、教条主義者とはマルクス主義者の代名詞な訳なんだ。
なるほど、辞書は役に立つ。
はじめにロゴスありき
ロゴスは神であった
ロゴスを言葉と訳すのもあれば、真理、論理、etc…
論理を構成するのは言葉(=定義)だから、「神とは論理的存在」且つ「神という概念は言葉と論理で構成されるもの」というわけなんだろうと勝手に思う。
論理を科学と言い換えても良いから、世に数学の公式があったり、物理、化学があっていいわけだし、科学的に正しいものは神とイコールなのだから、数学、物理、化学を研究することは、結果として神を研究していることになる。
だんだん、かなり逸れてきてる。
西洋文明に触れて、ロゴスが大事なんだと理解した明治の学者が、新しい言葉を創作したのは理に適っている。
現代の日本語の大部分は、実は英語に由来する。
明治維新の本質は、言葉の発見(発明)でもある。
欧米列強の奴隷にならないためにはロゴスは必要不可欠なことだった。
奴隷に、最低限のコミュニケーションが取れるだけの言葉(論理)以外は必要ないから。
新たな言葉を創作することで、論理を再構成して欧米列強に立ち向かった。
ここに、単に戦いによって血を流すことよりも重要な意義を認めたところに近代日本の凄みがある。
誰もが分かりやすい形にして見せるのが上手なことが、本当のニホンジンの特性なのだ。
猿真似かもしれんが、使いにくい今ある形を汎用性のある形に表現するのも非常に大事。
わかりやすくしてくれたニホンをお手本にすれば、未開のジャングルの土人でもジェントルマンになれる。
基本、日本人は私腹を肥やすためよりも、どっかの未開の人らのためにその能力を活かせばいいという崇高な理念が根本にある。
神風特攻隊を真似なくても、ロゴスの重要性に気づいた日本を真似れば、欧米の植民地から独立できることに植民地のエリートが理解したから、その後、アジア、アフリカが独立することになった。
要は、そこを理解できない後世の俺らがバカなだけ。
左翼やら右翼の存在すらGHQの占領政策の一環。
進歩的知識人、マスコミの言ってる言葉も、すべてGHQが描いた筋書き(コマンド)をプログラム通りになぞってるだけ。
まさに、占領政策ドクトリンを忠実に実現しているのが彼ら。
何気に、これで正しかったのかなと不安になって調べてみたら、「お茶会」とはなんも関係なくて、パーティーをどう訳すかの違いみたいだ。
確かに、サードパーティー(第三者)とか、カウンターパーティー(カウンターパート:取引相手、商売相手)という言葉もあるしな。
「Boston Tea Party 事件」の正確な訳は、「ボストンの茶葉取扱業者組合の反乱」というところか。
パート、パーツには、部品とか、一部とか、構成員とかいう意味合いもあるし、ティーパーティーなら「茶葉取扱い業者組合」となる。
パーティーになると、「仲間」になるのが本来の意味で、通常使ってるパーティーは「仲間同士の会合」程度の意味になるのだろう。
パートタイマーとなると、「一定(生活の中の一部)の時間だけを何かに費やす人」という意味だから、「パートタイム○○」という形が本来。
「パートタイムで働く人」という意味が、和製英語だと何故かパートタイマーになってしまう。
わかるけどね。
そうすると、俺らはフルタイムワーカー(正社員)ということになる。
パートタイマーという和製英語があるなら、フルタイマーがあって然るべき気もするのだが、それはないようだ。
フルタイムと言っても、まさか産業革命時代の炭鉱労働者じゃあるまいし24時間働く訳にもいかないから、法律的にも人権的にも、9時‐5時くらいの8時間労働が、労働時間におけるフルタイムになる。
ナイントゥファイブでいったら、昼飯時間がカウントされてない気もするが、昼飯は基本的人権ということで、アリなんだろう。
しかし、これまた、なぜか、やたら人権を叫ぶ連中が、8時間にこだわり過ぎて、逆に「8時間キッチリ働け」とか訳の分かんない主張をするもんだから、本当に労働者の味方なんだかなんだかよくわからねえことになっている。
昼食時間が1時間なのか45分なのか、お昼寝含めて2時間が妥当なのか、それぞれのお国の事情もあるから一概に言えないのかもしれないけど、とりあえずは「昼食時間コミコミで8時間労働」が、本来の基本的人権なハズなんじゃねえのか?とか思うだけどさ。
要するに、人権屋なんてのは、なんのこっちゃねえ、労働者の味方と言いつつ、その実、資本家の犬だろ?君ら。
教条主義者の陥る罠だ。
なんと、教条主義者とはマルクス主義者の代名詞な訳なんだ。
なるほど、辞書は役に立つ。
はじめにロゴスありき
ロゴスは神であった
ロゴスを言葉と訳すのもあれば、真理、論理、etc…
論理を構成するのは言葉(=定義)だから、「神とは論理的存在」且つ「神という概念は言葉と論理で構成されるもの」というわけなんだろうと勝手に思う。
論理を科学と言い換えても良いから、世に数学の公式があったり、物理、化学があっていいわけだし、科学的に正しいものは神とイコールなのだから、数学、物理、化学を研究することは、結果として神を研究していることになる。
だんだん、かなり逸れてきてる。
西洋文明に触れて、ロゴスが大事なんだと理解した明治の学者が、新しい言葉を創作したのは理に適っている。
現代の日本語の大部分は、実は英語に由来する。
明治維新の本質は、言葉の発見(発明)でもある。
欧米列強の奴隷にならないためにはロゴスは必要不可欠なことだった。
奴隷に、最低限のコミュニケーションが取れるだけの言葉(論理)以外は必要ないから。
新たな言葉を創作することで、論理を再構成して欧米列強に立ち向かった。
ここに、単に戦いによって血を流すことよりも重要な意義を認めたところに近代日本の凄みがある。
誰もが分かりやすい形にして見せるのが上手なことが、本当のニホンジンの特性なのだ。
猿真似かもしれんが、使いにくい今ある形を汎用性のある形に表現するのも非常に大事。
わかりやすくしてくれたニホンをお手本にすれば、未開のジャングルの土人でもジェントルマンになれる。
基本、日本人は私腹を肥やすためよりも、どっかの未開の人らのためにその能力を活かせばいいという崇高な理念が根本にある。
神風特攻隊を真似なくても、ロゴスの重要性に気づいた日本を真似れば、欧米の植民地から独立できることに植民地のエリートが理解したから、その後、アジア、アフリカが独立することになった。
要は、そこを理解できない後世の俺らがバカなだけ。
左翼やら右翼の存在すらGHQの占領政策の一環。
進歩的知識人、マスコミの言ってる言葉も、すべてGHQが描いた筋書き(コマンド)をプログラム通りになぞってるだけ。
まさに、占領政策ドクトリンを忠実に実現しているのが彼ら。