靖国神社に行った。
何回か近くまでは行ったことがあったが、実際に中に入ったのは初めてだった。

まず、あの鳥居はすごい。
圧倒的。
若い人が多かったのは意外だった。
俺より若い連中の間では、ここ数年、知覧だとか硫黄島の関係かなんかで密かなブームみたい。

遊就館にも入ってみた。
「武」がテーマのようだ。
ずっと見てると、歴史的には中国のほうがずっと多いのかもしれんが、小国ながら日本ほど内戦やら戦争を経験した国はないのじゃなかろうかと思ったりした。
国民が好戦的というよりは島国だからかもしれん気がした。
大国に囲まれてアイデンティティを維持するのに汲々としてきた祖先の苦労というのか。
中国の周辺国みたいに中国の属国で生きながらえる手もなかったわけじゃないだろうに。
どういうわけだか、先祖達はそれを良しとしなかったんだろうな。
「こんなちっぽけな島国だけど、中国だろうが欧米列強だろうが、俺達はあんたらの奴隷にはならんぞ」みたいな矜持があったというのか。
大昔に白村江の戦いやら元寇があったくらいだから、鎌倉時代だろうが戦国時代だろうが、外敵という意識があっての戦乱だったのかも。

天皇制も、中国の属国にならずに生き残るための方便だったのかもしれん。
ある意味、それなりに一つの形体として民集合意が図られた政治体制なのだろう。
こんなこと書いたらダメなんだろうな。
右翼にも左翼にも攻撃されかねん。
右翼には不敬罪として、左翼には軍国主義として。

まあいいじゃん、個人的な素朴な感想なんだもの。
どっちにせよ、オマエラ言論統制するんか!って話っすよ。

元々、日本合衆国だったんだろ?
全員が全員、大陸やら朝鮮半島やら、アリューシャン列島やら、ミクロネシア方面の島々から渡ってきた渡来人てなわけだろ?
いろんな民族、人種が流れ流れてたどり着いた島が日本ってとこで、お互い利害はあるけど、なんとかうまくやってきましょうヨ、みたいな合意が図られて、聖徳太子の言うところの「和を以って尊しと為す」になったんちゃうんかい。
いいじゃん、それで別に。
アメリカ合衆国も、いろんな民族が集まって、そんでもなんとかうまくやっていきましょうよ的な発想があるから、時代は違えども日本も同じような選択をしたんだろう。
ボストン茶会事件じゃないけど、新天地を求めて命を賭けて渡ってきたのに、宗主国のやつらは貢物を寄こせだのなんだのエラそうに奴隷扱いしやがりやがって、るっせーんだよ!みたいなさ。
こうなったら命懸けで、我らが地上天国のこの島国を守ったるぞ!っちゅー気概で。

追求してるのは、日本もアメリカも自由と平和。
自由と平和を追求しようとしてできた国。
ところが、自由と平和を維持するには戦わねばならんときたもんだ。
皮肉なことだ。
悲しいかな、血で自由と平和を贖ってきた国民なのだ。
小さな島国だけど、先祖たちは、ここに理想天国を築こうとしてたんだろうな。
自由と平和のための代償は大きいが、それでも先祖たちにとっては求めて止まない価値のあるものだったのだろう。
つくづく、先祖たちの血の代償があっての自由と平和の今があるのだと思った。


遊就館に「ルーズベルトニ与フル書」というのがあった。
読んでみたが、ある意味、なるほどと思った。
読んでたら、アメリカ人と思しきガタイのいい連中が寄ってきた。
英文訳のほうを読みながら、次々に仲間を呼んでた。
みんな、ベリーインタレスティング!と感嘆してた。
原文の日本語のほうは、現代の日本人の俺には難解でイマイチよく分からなかったが、英文訳のほうが読む人に訴える何かがあるらしかった。
アメリカ人がこんな敵国の日本兵の手紙を読んで感嘆するとは思わなかった。
ごっつい体の白人やら黒人が、ガラスケースの日本兵の手紙をのぞきこんでじっくり読んでる風情は不思議な光景。

アメリカ人が靖国神社に来ること自体が奇妙だったが、しかも家族連れの集団だった。
想像するに、駐留米軍の関係者なんだろうと思う。
しかし、休暇の日に家族で靖国神社かよ!

鎮魂ということでは万国共通なのかもしれん。