証券会社に新入社員で入って、ずっとその世界で生き残れる人間の数は、魚の産卵で何万という卵のうち成魚になれる確率が非常に低いというのに近い。
本人の努力とかだけじゃなしに、むしろ運に近い部分の要素が多分にある。
まず、入った会社が定年まで存続し続けるかどうかが怪しい。
存続しなければ転職しなければならないが、必ずしも転職がうまくいくとは限らない。
どの職種にも言えることではあるが、当然のことながら歳を食った人間が割りの良い転職先を見つけられる機会はそう多くないであろう。
次に、証券業の世界は、基本的に常に新しいものを求める世界であるため、元来、年寄りのニーズが少ない。
要するに、淘汰される。
役員クラス、部長クラス程度までたどり着く人間は、数十分の一である。
それ以外は、大きな会社であれば子会社に出向させられるか、途中でリストラである。
この峻別は、大体、35歳から40歳前後までに、自分がどの位置に居るかでほぼ決まる。
その時点で、一定のグループに属していない限り、そこからの挽回など不可能に等しい。
なので、それなりの能力を持ち、尚且つ自分自身の立ち居地が見えているが、先々の見通しが厳しいと感じている人らは、自ら次の新天地に旅立っていく。
この判断ができない中途半端な人間は地獄を見る。
打って出てみて、結果失敗に終わって地獄を見るのがいいのか、躊躇してタイミングを失って地獄を見るのがいいのかどうかは、その人個人の問題だからなんとも言えない。

ただ、数年前、企業年金の積み立て部分がどうとか問題になった時期があったが、証券会社の積み立てが押しなべて異様に高かった。
ということは何か?
定年まで勤め上げて受け取る人間が圧倒的に少ないという馬鹿な現象が起きていたからだ。
極端でもなんでもなく、9割以上が途中退職してるというのが現実。
それをどう見るか。
頭と尻尾はくれてやる、ぐらいのつもりでいないとやってられないし、うまくいってる人ほど気にしていない。



それで適者生存ということについて。
よくスポーツ選手が「アジャスト」という言葉を連発したりする。
一流選手は、変化にアジャストしようと努力して、それが続けられるのだろうが、三流選手はプロのレベルにアジャストできずにいつの間にか居なくなる。
彼らにとっては、アジャストできるかできないかが大きな問題なのだ。
アジャストもそうだし、キャッチアップという言葉もある。
時流に乗れる、乗れないなどで、人気商売の分野の人らは使ったりする。

勝負の世界もそうだし、ビジネスの世界もそうで、全員がアジャストもキャッチアップもできるわけがない。
競争は椅子獲りゲームなので、必ず敗者を作らなければ勝者が存在しない。
同じルールの椅子獲りゲームである限り、勝者は一握りであらねばならない。

僕らには、椅子獲りゲームが良いかどうかの議論をしてる暇はない。
いきなりそこにグラディエーターとして戦いの場にぶち込まれるだけ。
あとは殺すか殺されるかの戦闘があるだけ。
理不尽なハンディキャップばかりのところで戦わなきゃいけない。

だからといって別に本当に殺されるわけじゃないから、個人的には負けても別に構わないと思っている。
実は、戦闘の場所はいくらでも選べたりする。
自分が勝てるコロッセオで戦えばいいだけのこと。
そこを勘違いすると、本当に敗者になってしまう。
昔から、「勝負に勝って、試合に負ける」とも言う。
馬鹿ほど、勝負にこだわる。
全体が見えていないから、自分の目に見える局地戦にこだわろうとする。
そんなアホは相手にしてもつまらん。




そこでランナウェイ
別に逃げたって構わない。
勝てない勝負を挑むのは、次の戦場(機会)を見据えた上でのシミュレーションとしてやればいい。