遅ればせながら車を手に入れ、家を手に入れた。

家については、よく冷やかされるが、男子たるものそれぐらいの甲斐性があってもよかろう。


こう不景気が急速に進むと、簡単に化けの皮が剥がれる人間も増えてくる。

俺の化けの皮はいつ剥がれるのかと自分でも興味が湧く。


リスクのないところにリターンはない。

と、よく言う。

しかし、生まれた時点ですでにリスク背負っているわけだし、あえて分不相応なリスクを取る必要はあるまい。

いや、リスクを背負うなり、ダメージを受けるなりにどれだけ耐えられるかが本当の勝負なのであって、リターンなどを期待すること自体が間違っているのかもしれない。

酸っぱい経験を数多く経なければ成長しない、もしくは自分が成長したと実感できない人は多い。

いかに多くの苦難を克服するのが人生の命題だとすれば、リスクから逃げてばかりいても仕方ないという理屈が成り立ちそうだが、なかなかそうもいかない。。

やはり質のいい苦難と、質のいい苦難の克服をしなければより良い人生にならないのだろう。

であるからにして、何事にも質を求めることはあっていいことだろう。


では質とは何か?

職を失った派遣社員のくせに、職に質を求めすぎるなどという論調もあるやに聞く。

質を求めて何が悪い?

と、俺なら答えるね。

現状に照らし合わせて、あまりにも不釣合いだとか、計算のない単なる夢物語の仕事を求めているというなら、その注文も正しい意見になるのかもしれないが、全員に当てはまるわけではなかろう。

残念ながら9割がたの人間には当てはまることなのかもしれないが・・・

まあいい、残り1割の人間は違うという前提で話を続けよう。

俺も、単なるカラオケ好きが歌手を目指すのでは、お話にならないと思う。

カラオケボックスで気分良く歌うのではなく、誰にも気兼ねせずにボイストレーニングをするとか、詩を大きな声で読むとか質のいい訓練をしている人は別なのであって。

その人らは、少なくともその辺の単なるカラオケ好きの連中からは一歩抜け出て、職業的な意識を持ってトレーニングに励んでいるのだから、趣味ではないとして捉えてもよいと思う。


などと偉そうにのたまう俺は、趣味の延長上で仕事にあたっているから駄目なのかもしれない。

どっちであっても、趣味の世界から、職業の世界に意識が転じたときに、楽しみから苦痛に変わるのは、どの世界でも同じだろう。

職業となれば、楽しむのも多少は必要だが、そのほんとんどが苦しみに支配されているものだ。

ほんの少しの喜びのために、どうにかこうにか、やっとの思いで苦痛に耐えて、なんとか成果と呼ばれるものを搾り出しているのだ。

それこそ、汗と涙の結晶が、たった一滴の成果でしかないのだ。

その一滴、一滴こそが、他人がなんと批判しようとも、その人にとっては懸け換えのないものになる。


どなたかが、オンリーワンではなく、ナンバーワンを目指さなければ駄目だとおっしゃっていたが、そりゃ誰だってオンリーワンなど目指してはいないさ。

結果として、ナンバーワンになれないだけのことだが、ナンバーワン以外はゼロの価値しかないかといえば、俺はやはり違うと思う。

ナンバーワンは限られた条件においての、ナンバーワンに過ぎない。

オンリーワンのうちの一つが、たまたまナンバーワンと誰かが評価しただけで、しかもその一瞬の輝きしかない。

ナンバーワンを目指しつつも、そこに至ることのできなかったオンリーワンの母集団がなければ、ナンバーワンのには価値がないのだ。


何を書いているのか自分でわからなくなった。

寝るとしよう。