オキシトシンの不思議な性質は、

その相互的な関係性にある。



愛撫や抱っこや世話といった行為を行うとき、

世話を受ける側だけではなく、

世話をする側でもオキシトシンの分泌が促される。



つまり、双方にメリットがあり、オキシトシンが

増えるような行為は、心地よい波紋を広げ、

好循環を生んでゆく。



なぜ、こうした他者への身体への接触が、

双方にとって心地よく感じられ、安心感をもたらすのか、

そこにも、オキシトシンの重要な働きがかかわっている。



実は、オキシトシンには、不安を鎮め、安心感を高める

という作用があり、子どもでなくとも、

ハグやスキンシップが心地よさと慰めを与えるのは、

オキシトシンのこの作用による。



愛され、よく世話をされている子どもが、

いつも明るく顔を輝かせ、安心しきっているのにも、

オキシトシンがかかわっている。



逆に、虐待されたりネグレクトされた子どもの、

何とも言えない暗さや怯えた顔は、

オキシトシンの分泌が低下していることにもよる。



オキシトシンは、不安にとどまらず、

ストレス全般に対する抵抗力を高める作用がある。



安定型の愛着スタイルをもち、オキシトシンの

分泌が活発な人では、同じストレスを受けても、

ストレス・ホルモンであるコーチゾルなどの上昇はわずかである。



一方、不安定型の愛着スタイルをもつ人では、

コーチゾルが上昇しやすい。



コーチゾルは、副腎皮質から分泌されるステロイドホルモンであり、

分泌が亢進すると、高血圧や糖尿病などの成人病を

引き起こす要因ともなる。

また、胃潰瘍や肥満なども起きやすくなる。



愛着スタイルが不安定な人では、ストレスに関連した

病気(いわゆる心身症)にかかりやすく、

平均寿命さえ、短くなってしまう。



それは、オキシトシン・システムが、ストレスに対する

耐性に深く関わっているからである。



オキシトシンには痛みやつらさを和らげる作用もある。

女性が文字通り身を裂かれるような激痛を

乗り越えてわが子を産むことが出来るのも、

陣痛と同時に大量に放出されるオキシトシンの働きによる。



オキシトシンの分泌が低下している人は、

痛みに敏感で、体の不調を感じやすい。



典型的なのは、ネグレクトを受けて育った子どもで、

体の不調や痛みを過剰に訴えることがしばしばある。

それはかまってもらいたいということもあるが、

オキシトシンの働きが弱いため、

不調や不安、痛みを感じやすいようである。



ネグレクトという表現は大げさに思われるけれども、

実は身近であって、代表的な例は、神経質で批判的で

支配的な母親に育てられた人である。



こうした人では、安心感が乏しく、体のことを過剰に気にしたり、

新しいチャレンジを避けたり、対人関係も消極的だったりする。

それもオキシトシンの働きが弱く、安心感が

備わっていないことが関係している。



以上、今回は、オキシトシンは「安心感の源」である

ということを学ばせてもらった。



著者の岡田先生の言葉をパクリながら、

身にしみこませようとしていたが、

え、オレやん、と指差されたようだった。



ふと、幼稚園児のとき、自分の母親が

家に帰ったら、ちゃんと抱きしめてあげてください、

と通っている幼稚園の先生に言われたと自慢げに

語っていたことが、ふと湧き上がってきて、恐ろしくなった。



鷲田清一先生は、「身体性」を哲学のテーマの一つにされており、

他者との身体への接触、つまり「通路」をポンティを

軸にして語っておられた。



非常に原始的な形態、愛撫や抱っこ、手をつなぐ、

そんな行為が他者への身体のバイパスをつなぎ、

他者への共感などを生むが、現代日本において、

それが大きく毀損していること、これも大きな社会問題の

一つであり、それが「学校」という場所にも「現れ」ている。



「身体性」は、オキシトシン・システムによって、

大きな裏づけがなされるか、または変更を余儀なくされるか、

一つの客観的な物差しになる。



ぱくったのは、

「発達障害と呼ばないで」

(岡田尊司・幻冬舎新書)