ルソーの「社会契約説」について、

多くの否定的議論がある。



一般的なものは、「社会契約」による国家形成説は

想像的なものにすぎず、フランスやアメリカでの

市民革命では、一定の役割を果たしたが、

国家形成説としては現在では、時代遅れになっている、

というものである。



典型的な例は、バートランド・ラッセルの批判である。



「ルソー以降、みずからを社会変革者と目する人々は、

二つのグループ、すなわちルソーに追随する者と、

ロックに従う者とにわかれてきた。(略)

ヒットラーはルソーの帰結であり、ルーズベルトや

チャーチルはロックの帰結である。」

(市井三郎訳『西洋哲学史3』679頁)



ルソーの『社会契約論』が全体主義の理論的源泉

となったという意見は、現在でもいたるところで見られる。



19世紀以降の批判思想で「反国家」は

中心的なスローガンだから、ルソーの「国家権力」

擁護の論調は、ロベスピエールからヒットラーに至る

国家絶対主義の源流とみなされる根拠になっている。



だが、哲学的には、これらの批判も

まったく的が外れている。



『社会契約論』の冒頭では、

よく知られた次の言葉がある。



人間は生まれながらにして自由であるが、

しかしいたるところで鉄鎖につながれている。(略)

どうしてこういう変化が起こったか、私には分からない。

しかし、この変化を何が正当化するのか、といえば

この問題なら解くことができると思う。

(前傾書232頁)



人間はもともと自由だった

(少なくとも誰にも隷属していなかった。)

はずなのに、現在、あまねく専制的な統治支配が

存在している。



なぜこんな変化(平和状態→専制統治)が生じたかは

おくとして、一体どのような「統治」ならば「正当」なものと

言えるのか。自分はその「原理」なら言える。

そうルソーは主張している。



ここでは、まず『社会契約論』が政治統治の「正当性」

についての論であることが重要である。



彼はこう書く。人間社会は、必ずなんらかの

社会的結合を作り出す必要をもつが、

問題は、「この統合形態によって各構成員は全体に

結合するが、しかし自分自身にしか服従するすることなく

結合前と同様に自由である」(前傾書241-242頁)

ような社会的結合が可能か、ということだ。



そして、この課題を解決する考えが一つだけある、

それが「社会契約」の考え方である、と。




竹田先生によるルソーのお話は、

まだ、続くが、いったんここでおき、

次回に回したい。