インドの優勝への軌跡について、続いては、決勝トーナメントに入ってからのインドを見て行こう。

大会前は、自他共に認めるバッティングのチームだったが、グループステージで、バッティングに大きな課題があることがはっきりした。

むしろ、最終戦の西インド諸島に見られるように、攻守のバランスの取れた戦い方でないと、強豪には勝てないことがはっきりしてきた。

幸いにも、ザヒール・カーンというボウリングの柱も確立できた。

6試合中、3試合でマン・オブ・ザ・マッチに輝いた、ユヴラジ・シンは、バッティングでもボウリングでも活躍できるオールラウンダーであり、彼が、決勝トーナメントにおけるインドの戦い方の象徴になった。

そうして向かえた準々決勝の相手は、過去3大会に連覇し、ワンデーマッチ世界ランキングでも1位のオーストラリア。

しかし、この大会でのオーストラリアは、本調子ではなかった。

オーストラリアのキャプテン、リッキー・ポンティングからすると、最初のイニングで自分たちが獲得した260ランという数字は、やや物足りないながら、勝利には十分な数字と思えた。

しかし、オーストラリアのボウラー陣は、この数字を守りきれなかった。

サッチン・テンドゥルーカ、ゴータム・ガンビール、ユヴラジ・シンにハーフセンチュリーを許し、さらに、伏兵のシュレシュ・レイナに、28ボールに34ランと打ち込まれた。

この試合では、オーストラリアが奪ったウィケットが4つだったのに比べ、インドは6つのウィケットを奪っている。

ユヴラジ・シンは、この試合でも活躍し、4度目のマン・オブ・ザ・マッチに選ばれた。

この大会のインドは、あまりにも地元の期待や声援が大きいせいで、大きなプレッシャーに悩まされていた。

しかし、西インド諸島の試合あたりから、明らかにそうしたプレッシャーと上手く共存できるようになっていった。

プレッシャーを軽減するために、外部からメンターを招き、個々のプレーヤーのケアを行った、とも言われている。

続く準決勝は、グループA首位のパキスタンとの戦いとなった。

この試合は、インドのバットマン対パキスタンのボウラーとの戦い、といわれたが、内容的にはむしろ、インドのボウラー対パキスタンのバットマンの戦いだった。

インドは、100個目のセンチュリーが期待されたサッチンが、85ラン止まりだったり、ユヴラジ・シンが登場してすぐにアウトになってしまうなど、ファンをヤキモキさせるシーンもあった。

しかし、この日もスレシュ・レイナの終盤での36ランなどの活躍もあり、好調のパキスタンのボウラーから260ランを獲得した。

ボウリングでは、登場した5人のボウラーが、すべて2ウィケットづつを獲得し、パキスタンのバッティングを231ランに押さえ込んで勝利した。

そして迎えた、スリランカとの決勝戦。

スリランカは、ウプール・サランガとティラカランテ・ディルシャン、インドは、ヴィレンデル・シュワグとサッチンが、それぞれ早々にアウトになってしまい、勝負の分かれ目は、中盤以降のバットマンの差となった。

スリランカは、ベテランのメーラ・ジャヤワルデナが103ランと活躍したが、それ以外のプレーヤーは30ラン程度どまりだった。

インドは、ガンビールが97ラン、そして、この大会、バッティングではさっぱりだったキャプテンのMSドニが79ボールで91ランと活躍し、最後はそのドニのシックスで、28年ぶり、2度目のワールドカップ優勝を決めた。

スリランカは、トータル274ランだったが、サランガとディルシャンがあわせて35ランだった状況で、よく健闘した。

スリランカのキャプテン、サンガッカラは、試合後に、”インドのバットマンを相手にするには、どんなにランがあっても安心ではない”という趣旨の話をしているが、結果的には、インドは48.2オーバーで277ラン。

オーストラリア戦でも、パキスタン戦でも、インドは260点台の試合をしていた。

スリランカは、本当の実力以上に、インドのバッティングを警戒しすぎていたようだ。

一方で、インドのボウラーは、サランガとディルシャンを早々と仕留め、それが気の緩みを生んだ。

特に、終了間際の大量失点は、本来のボウリングをすれば、難なく防げたはずだ。

その意味では、決勝戦では、バットマンがボウラーの失敗を救った形になった。

ともかくも、このように振り返ってみると、インドの優勝への道は、決して平坦なものではなかったことがわかる。

むしろ、グループステージでの戦いだけをみたら、インドの優勝を予想することは、困難だった。

6週間にも渡った長い大会期間中に、インドは、自分たちの課題を見つけ出し、修正することができた。

優勝したチームに、最高ラン獲得者も、最高ウィケット獲得者もいない。

それこそが、この大会での、特に決勝トーナメントに入ってからの、インドの強さの秘密だった。
国際クリケット協会(ICC)が、2015年に行われるオーストラリア・ニュージーランド大会について、当初から噂されていたように、ICCフルメンバーの10ヵ国で開催することを、4月5日に正式に発表した。

この決定には、各方面から失望の声が上がっている。

特に、アイルランドはこの決定に猛反発。

Facebook上で、反対のキャンペーンを行う模様だ。

また、2019年にイングランドで行われる大会についても、10カ国での開催という規模は変わらないが、フルメンバーがそのまま無条件で参加、というわけではなく、何らかの先行プロセスが設けられることになりそうだ。

ICC confirms World Cup slashed to 10 teams
インドの2度目の優勝に終わった、クリケット・ワールドカップ2011年大会。

インドの優勝への軌跡を振り返ってみる。

その戦いは、決して順風満帆なものではなかった。

インドの初戦は、共同開催国の1つ、バングラデシュとだった。

インドは、370/4対283/9という大差で勝利を飾った。

この試合は、ブレンデル・シュワグが175ラン、ヴィラット・コーリが100ラン、この2人の活躍での勝利だった。

ボウラーでは、ムナフ・パテルが4ウィケットを獲得している。

マン・オブ・ザ・マッチには、シュワグが選ばれた。

続く第2戦は、イングランドとの対戦。

インドは、サッチン・テンドゥルーカが120ランでセンチュリー、ゴータム・ガンビールとユヴラジ・シンのハーフセンチュリーなどで、大量338ランを上げながら、後攻のイングランドに追いつかれてしまい、まさかの引分に終わった。

また、ザヒール・カーンはこの試合で3ウィケットを獲得した。

第3戦の相手は、アイルランド。

インドはこの試合、トスに勝ってフィールドを選択した。

アイルランドは、207ランに終わり、インドの余裕の勝利に思われたが、シュワグ、サッチンらが不振。

ユヴラジ・シンが、唯一50ランを獲得し、何とか勝利を収めた。

ユヴラジ・シンは、5ウィケットを獲得したこともあり、この試合のマン・オブ・ザ・マッチの選ばれている。

次のオランダ戦も、同じような展開の試合だった。

この試合では、オランダがトスに勝って、バッティングを選択したが、わずか189ランに止まった。

しかし、インドはこの日もバッテリングが振るわず、またもユヴラジ・シンが51ランと一人活躍し、インドが勝利を収めた。

ユヴラジ・シンは、この試合で、2度目のマン・オブ・ザ・マッチの選ばれている。

ザヒール・カーンはこの試合で3ウィケットを獲得した。

第1、2戦の反動からか、インドのバットマン達はスランプに陥った。

幸いにも相手が、それほど得点力が高いチームではなかったので、何とか勝利を収めていた。

しかし、第5戦の南アフリカ戦では、サッチンが111ランで大会2度目のセンチュリーを達成し、シュワグ73ラン、ガンビール69ランと、久々にトップの3人が活躍しながら、後が続かず296ラン止まり。

この試合は、自力に勝る南アフリカが300ランで勝利した。明らかにインドの力負けだった。

グループステージの最終戦では、またもバッテリングが沈黙。

シンの113ランとコーリの59ラン、それと西インド諸島の不振もあり、かろうじて268ランで勝利を飾った。

この試合は、バッティングで勝ったと言うよりは、ボウリングとフィールディングで勝利を上げた、といった方がいい。

ザヒール・カーンはこの試合で3ウィケットを獲得した。

ユヴラジ・シンは、この試合で、3度目のマン・オブ・ザ・マッチの選ばれている。

インドは、グループステージを終了して南アフリカに次ぐ2位。

しかし、インド人は別として、この時点で、インドの優勝の可能性は、それほど高くはなかった。

むしろ、課題ばかりが目についていた。