人生裏街道まっしぐら。
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人に後ろ指を指されようが・・・・

人生の道を踏み外してから早、35年の歳月が過ぎ今もって人生の裏街道を突き進んでいる俺だが、実のところ「この様な生活を改めまっとうな人生を歩むべきだ。」と考え、大きく人生の航路を変更しようと考えたことも何度となく有ったのだが、結局のところ考えだけで終わってしまっていることは現在の生活を見ても一目瞭然でわかる。15歳からぐれ始め現在までお上の世話になったことは数知れず、普通の生活を送れなかったばかりに無くしたものは取り返しのつかないものばかり・・・・正直のところ、もう人生に見切りをつけたいと言った所が本音なのだろうが、頑丈に生まれたこの体拳銃の弾丸の2発や3発ではくたばりそうにもないので、それも、思うように行かないのが実情といったところかな。

回想

15歳の夏休み、朝から何もすることが思いつかず、暑いこの夏の日中をいかにしのぐ事しか考えられずに思いついたのが、今で言うプチ家出をして海に行って思う存分に遊ぼうと考えた。思い立ったらもうまっしぐらに有り金を全部懐に入れ、親の財布から数万円をチョロマカシ、いざ、灼熱の太陽と戯れる場所を求めて家を飛び出したのだが・・・ホンの数日のプチ家出のつもりが、なんと家に帰ってこれるのが6ヶ月も先の事とはその時には分かっていなかった。思いつくまま各地に足を伸ばし十分に家出を満喫できたのだが、今度は家の金をちょろまかして出ている為帰るに帰れなくなってしまい、所持金も底をついて途方に暮れているときその時乗り合わせていた瀬戸内海の小豆島から愛媛県の今治行きのフェリーの中で、置いていたお客の手荷物の中から財布を盗んでそれが見つかってしまい船員に捕まってしまった。でも、当時すばしっこさには自分でも自信を持っていたので下船のときにでも逃げることは出来ると高をくくっていたのだが、いざ下船のときになってフェリー乗り場の乗船所に警察がフェリーからの通報を受け今か今かと待ち受けていることが分かり、サアどうしたものかと思案している間にも船はどんどん船着場に近ずきとうとう、下船となったのだがもうその頃には私は、一般のお客たちとは隔離され真っ先に下船させて警察に引き渡すために、フェリーの車両の乗車ゲートの所で、ゲートが開くのを船員たちと待っていたわけだがゲートが刻一刻と開くにあたって、私の心の中ではこの船員たちを振り切ってゲートが半分ほど開いたときにゲートを駆け上ってゲートの先端から飛び降りて逃げようと、決めていた。ゲートが自分が決めていた角度まで下がった際、私はまさか逃げることは無いと油断していた船員たちを振り切って徐々に開きつつある乗車ゲートの先端を目がけて一目散に壁のようなゲートを駆け上り、乗車ゲートの先端から飛び降りるつもりで一気にゲート先端から飛び出したわけだが・・・・飛び出して下を見たときに私は「ああ・・俺はもしかしてここで死んでしまうかもしれないなあ・・」と、この様な無謀な行動に出たことを一瞬後悔もした。ソレッと飛び出したゲートの下は、およそ5メート以上の高さが有り丁度、落下地点であろうスペースには私を迎えに来たパトカーが2台停まっており、パトカーの横には間抜けずらした警官が飛び出してきた私を見て、ただ立ち尽くしていた。私は、思った通りの軌跡を描きながら停車中のパトカーの天井に落下し、落下と同時にすぐに逃走にかかったのだが足がくじいており遠くに逃げることもままならず、近くの荷物が高ズミしていた倉庫の脇に隠れているのを発見され逮捕されてしまった。

私は、そのまま今治警察署の方に連行され取調室で尋問を受けたわけだが、私は警察の尋問には何一つ正直には答えることは無く、全て嘘の調書を作成した訳だが無知であるがためにその時は、わからなかったが後に、大いに後悔する羽目になろうとはその時は、おもいにもよらなかった。年齢は?と問い詰める警察官にまだ当時15歳だった私だが、16歳と答えたり・・また、親兄弟は?と、問う警察官に「親は俺が9歳の頃に居なくなってから今日まで一人で盗みをして生きてきた。」と言う嘘に今では考えられないことだが、その嘘が通り調書にそのとうりに記載されそのまま裁判にも採用されてしまったわけだよ。まだ、当時15歳だったのでそのまま正直に15歳と言っておけば16歳からしか入所できない少年院にもいくことは無かったのだが、無知であるがために16歳と答えていたことも有り私は、15歳で愛媛県の松山初等少年院に送られる羽目になってしまった。私の親は、まさかその様な境遇に私がなっているとは露知らずに、もしかして何か事件に巻き込まれて死んでしまっているのでは・・とか想像して各地の警察の身元不明者の死体とかを見に行ったりしていたらしいが、当の、本人は少年院で何食わぬ顔で生活を送り、そんな親の心配など気にも留めていなかった。少年院生活にも慣れた入所後6ヶ月も過ぎた頃、施設職員が私のところに来て「今日、面会があるので用意をする事」との言葉に「アッ嘘を言っていたのがばれて身元がわかってしまった。」と思い、絶対に親が面会に来ているんだ・・・との思いにその後に待ち受ける諸問題を考え面会までの短い時間を、憂鬱に過ごして居たわけだが担当職員に連行されて連れて行かれた面会室で私を待っていたのは、今まで一度も見たことの無い老夫婦が一組だった。担当職員の指示どうりに自分の自己紹介を終えるとその老夫婦は私のでっち上げた今までの身上書に目を通しているのか、色々と質問をしながら婦人のほうは「かわいそうな子供だ・・・」と、言っては目頭を押さえていた。当の本人はと言えば一体この老夫婦は何者だ?と言わんばかりに不審な目を向けながら、差し入れで持ってきてくれた菓子を食べていた。

面会も終わり、担当職員に連行されている最中、「一体、今の面会は何だったのか?」の質問に、帰ってきた職員の返答は「身寄りの無いお前を引き取り養子にしたい夫婦だよ。」との返答だった。私は、その日からその老夫婦の家族になる事を何の躊躇も無く受け入れてしまった。

さて、ここまで一気に今までの人生の、ごく一部分を書いたわけだが、この後の経験談を聞きたい人がもし居るのなら続編を書こうと思っている。是非、感想を聞かしてほしい。」