休憩室のMonologue -20ページ目

休憩室のMonologue

時事ネタや書籍・音楽・映画・アニメ等の感想など
少々長めの文章で書いていきます

休憩室のMonologue
休憩室のMonologue

”かっこいいとはこういうことさ”
ポルコ・ロッソ(紅の豚)の宣伝文句が炸裂する今回のお話は
次元大介と不二子の初めての出会いが語られる。

だが今回、不二子は傍観者にまわる。
さすらいの用心棒である次元と、過去に裏切った組織の女ボス・チッチョリーナとのはかない恋の話が描かれる。
休憩室のMonologue
あまりにもダンディーだ。
かっこいいにも程があるぜ、次元大介!
今後、ルパンとどう関わっていくのかが非常に楽しみだ。

・・・だが。
声がちょっと老けてやしませんか?
今回久しぶりに、次元大介役をやる小林清志さんの声を聴いたが、
ここ数年のルパンスペシャルでもあんな感じだったのだろうか。
ちょっと残念だ。まあ年齢的に無理があるのは仕方ないが・・・。
亡くなった野沢那智さんが20年ぶりに「コブラ」をやったときと、同じ違和感を感じた。
でもいずれ次元役も交代せざるをえないときが来るのは確かなことだ。
だが誰がやるのか?想像がつかない・・。

休憩室のMonologue

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本文はここから




スガシカオ 黄金の月

僕の情熱はいまや流したはずの涙より
冷たくなってしまった
どんな人よりもうまく自分のことを偽れる
力を持ってしまった

大事な言葉を何度も言おうとして
すいこむ息はムネの途中でつかえた
どんな言葉で君に伝えればいい
吐き出す声はいつも途中で途切れた

知らない間にぼくらは真夏の午後を通りすぎ
闇を背負ってしまった
そのうす明かりの中で手さぐりだけで
なにもかもうまくやろうとしてきた

君の願いとぼくのウソをあわせて
6月の夜永遠をちかうキスをしよう
そして夜空に黄金の月をえがこう
ぼくにできるだけの光をあつめて
光をあつめて・・・

ぼくの未来に光などなくても
誰かがぼくのことをどこかでわらっていても
君のあしたがみにくくゆがんでも
僕らが二度と純粋を手に入れられなくても

夜空に光る黄金の月などなくても


はじめて聴いたときは、泣きそうになった。
あまりにも自分の気持ちを代弁しているようで。
30歳を過ぎた人間の、多くが抱える”どうしようもないもどかしさ”
初期のスガシカオには、特に2ndの「FAMILIY」には、そんな曲が溢れている。
自分の人生とのシンクロ率の高さに、胸が張り裂けそうになる。

スガシカオ ひとりごと
http://www.youtube.com/watch?v=PFl-QM3hcMY
http://www.kasi-time.com/item-16301.html
”ぼくはいつでもそばにいるよ”おざなりなことをいってる
”明日からぼくはちゃんとするよ”何ひとつできやしないのに
しないのに・・・


スガシカオ そろそろいかなくちゃ
http://www.youtube.com/watch?v=xdYrB_zS24E
http://www.kasi-time.com/item-16354.html
”大人になれよ”と誰もがいう
ぼくにしか見えない ユメはもういい
”ゴメン”と口ぐせのようにぼくはいう
言い訳はいい そろそろいかなくちゃ


スガシカオ happy birthday
http://www.kasi-time.com/item-16339.html
何か小さなトラブルで 人だかりにのみこまれ
誰かのつまらないジョークに ほんの少しだけ笑った
いつかこの街のどこかで 君と偶然出会っても
何を話したらいいのか いまでもよくわからない
ひとつづつ こわれていく世界で
流した涙に なんの意味がある
にぎやかな この街の空に
おもいきり はりあげた声は
どこか遠くの街にいる あの人へのHappy Birthday


スガシカオはこういった曲だけではなく、近年は前向きなポップソングも歌っている。
「コノユビトマレ」や「Progless」はそういう曲だ。
だけど、もう1曲、斉藤和義の曲を紹介したい。
ちょっと前向きに、少しだけ前に進もうと思わせてくれる曲がある。
小説家・伊坂幸太郎とのコラポレーションで話題になった曲だ。
もう聴くたびに、胸にティンパニが鳴り響く。

斉藤和義 - ベリーベリーストロング~アイネクライネ~
http://www.youtube.com/watch?v=LwiVMQ9wQrQ
http://www.youtube.com/watch?v=aQidyeTHho0&feature=related
“駅前でアンケート調査 何で俺ばっかこんな目に
バインダーなんか首から下げ 誰からも目をそらされ
見ず知らずの奴になんか 教えるもんかよ個人情報
もう空は薄い藍色 改札越えたら何色?
ビルの壁ではタイトルマッチ 日本人初のヘビー級
背広姿がシャドウボクシング 女子高生はそいつを写メ
几帳面が売りの先輩は 奥さんが出ていったらしい
大声でデスク蹴っ飛ばし 大事なデータを飛ばしちゃった
“出会い”はあの人にもあって 一緒になったんだろうな
どんな出会いだったのか? 何故だか妙に気になった
まるで進まないアンケート 自信喪失へこんじゃうよ
そんなふうにさけないで
ベリー ベリー ストロング いつか 誰かが言ってた
ベリー ベリー ストロング 強い絆の話だよ
ベリー ベリー ストロング ああ つながってる誰かと
ベリー ベリー ストロング いつ どこで 会う?
ボクシングはもう2ラウンド じょじょに膨らむ人だかり
誰かが「倒せ!」と叫んで チャンピオンが不敵に笑う
正面から歩いてくる 髪を束ねた女の人は
連敗続きのこの俺に「いいですよ」と言ってくれた
受け入れられるって嬉しいな! 肩の力も抜けていく
「立っている仕事は大変ですね」やさしいねぎらいの言葉
ふいに俺は答える「でも座りっぱなしも大変でしょうね」
自分の仕事が一番辛いと思う奴にはならない
彼女の親指あたりに マジックのメモ書きで「シャンプー」
俺は別に何の気もなく それを見て呟いた「シャンプー」
彼女小さな声で「今日、安いんですよ。忘れないように」
その姿可笑しくてベリー ベリー ストロング それが 劇的じゃなくても
ベリー ベリー ストロング 知りたい 絆っていうやつ
ベリー ベリー ストロング ああ つながってる誰かは
ベリー ベリー ストロング いま どこに いる?
翌日の新聞には“新チャンピオン誕生”の文字
お祭り騒ぎのワイドショー 知ったかぶりのコメンテーター
コンビニでサンドイッチ買って 会社の前で食べ終える
パソコンに向かう先輩が 今日は少しだけ笑ってる
「夕べ電話で話したんだ。ずっと音信不通だったから、
電話でも繋がってたのが嬉しい」と言って笑った
「どんな風に出会ったんですか?」俺は素直に聞いてみる
先輩は少年のように 耳まで真っ赤に染めてる
「聞いたら絶対笑うよ」「大丈夫、笑いません」
十歳も年上の人が その瞬間まるで同級生
「横断歩道で財布を拾ってあげたのが最初だよ。陳腐だろ…」と照れた
ベリー ベリー ストロング 胸に鳴り響くティンパ二ー
ベリー ベリー ストロング 強い絆の話だよ
ベリー ベリー ストロング ああ つながってる誰かと
ベリー ベリー ストロング いつ どこで 会う?
ベリー ベリー ストロング 会いたい あなたを見つけたい
ベリー ベリー ストロング まだ 気付いてないだけかな…
ベリー ベリー ストロング ああ つながってるあなたは
ベリー ベリー ストロング もう そばに いる?




フィッシュストーリー [DVD]/伊藤淳史,高良健吾,多部未華子

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「フィッシュストーリー」は伊坂幸太郎の同名短編小説の映画化である。
一昨年あたりまで伊坂幸太郎の小説は、映画化ラッシュだったのだが、
これはその中の成功例の一つだと思う。(といっても、私は全作品観てる訳ではないのだが・・)
小説の映画化というのは、大変難しい。
ましてベストセラーであれば、ファンの期待度と反感度はすさまじいものがあるからだ。
大抵は原作に忠実にするか、大幅に改変するかの二通りだと思う。
または忠実でありながら、独自の解釈を混ぜるのが一般的ではないだろうか。
この独自解釈の入れ方で監督を含めたスタッフ陣の、原作に対する愛情・思い入れが測れる気がする。

例えば、映画ではないが浦沢直樹の漫画「マスターキートン」「モンスター」が数年前にTVアニメ化されたが、
MASTERキートン File1 [DVD]/出演者不明

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MONSTER DVD-BOX Chapter 1/木内秀信,能登麻美子,小山茉美

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これには原作ファンの反感は、まずなかったと思う。
基本的に原作に非常に忠実で、追加されたシーンについては、
ファンがちょっと見たかったなと思っていたものばかりだったからだ。
スタッフが原作ファンであり、思い入れが強かったことがよく分かるものだった。
「フィッシュストーリー」にも同じことがいえる。
基本は原作に忠実で、映画的に魅せるため、ちょっと大げさな描写・シーンが加えられているが、
これが素晴らしい。原作が持つ力が、ダイナミックになったと思う。

話の内容は、1970年代に売れないパンクバンドが、最後に録音した曲「フィッシュストーリー」が、
時間を越えて人を勇気づけ、人々を救うという、伊坂節が炸裂する短編だ。
私は伊坂作品はどれも好きだが、この「フィッシュストーリー」には腹八分目感があったのだ。
だが映画では消化不良気味なところが払拭され、さらに昇華されているのがうれしかった。
中でも好きなシーンが以下。
キャバレーでドサ回りしているパンクバンドが客のリクエストにより
渋々当時のヒット曲を演奏するが、次第にパンク魂が抑えきれなくなって・・・。
ベーシスト役の伊藤淳史が格好いい!
もう、最高!!
「フィッシュストーリー」/長崎は今日も雨だった


もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら/岩崎 夏海

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マネジメント[エッセンシャル版] - 基本と原則/ピーター・F・ドラッカー

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一昨年からのブームにより「もしドラ」「マネジネント」は売れに売れ、
私が住む市内の図書館でも予約が一杯の状態である。
だが、ドラッカーの他の著作についてはそうでもないようで、すんなり借りることが出来る。
ためしに「経済人の終わり」を手にとってみたのだが、どうにも内容が難しくて途中で挫折してしまった。
講義録だったらどうかと思って借りたのが「ドラッカーの講義録1991ー2003」なのだが、これは正解だった。
非常に面白く、読みやすい。それまでのイメージとは違ったドラッカーの姿が見えてくる。
私自身も相当偏見と誤解があったようだ。

まずドラッカー自身は、
「自分は企業経営の研究者ではなく、非営利組織のための組織経営を専門にしていた」
ということを、まず述べている。
これは「もしドラ」の著者である岩崎夏海氏も「多くの人が一番誤解している」と指摘していることだ。
それを踏まえて、昨年放送されたアニメ「もしドラ」を、もう一度観直した。
その後、原作である「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら」
運良く、図書館で借りることが出来たので、アニメと比較して読むことが出来た。

まず感想として、結論として、この「もしドラ」は、
ドラッカーの「マネジメント」の意味、意義を、分かりやすく噛み砕いて解説した、
非常に良く出来たビジネス本である、ということだ。


もしドラ page:4 [DVD]/日笠陽子,花澤香菜

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アニメ化された「もしドラ」については、最初に観たときは、どうにも違和感ばかりが目に付いた。
前半は、ドラッカーと高校野球を、半ば無理やり結び付けてる感じがしたし、
後半は、特に試合が大詰めになると、完全にドラッカーが置き去りにされてしまい、単なる野球漫画になっていた。
クラマックスの決勝戦は、ちょっとうるっときてしまったが・・。
今回観直したけれど、その印象はあまり変わらなかった。
ただし、組織経営論として考えるなら、確かになるほど、と思うところはあった。
高校野球の「顧客」とは、実際に野球をやる選手・部員であるのは確かなことだ。
彼らはプロ野球選手ではないし、ファンやお客さんのために野球をやるわけではない。
で、あるならばだ。
最後の最後で、キャプテンがインタビュアーに対して言う言葉が、全くもって矛盾している。

「あなたはどんな野球をして欲しいですか?
 ぼくたちはそれを聞きたいのです。ぼくたちはそれをマーケティングしたいのです。
 なぜなら、ぼくたちは、みんながしてもらいたいと思うような野球がしたいからです。
 ぼくたちは、顧客からスタートしたいのです。顧客が価値ありとし、必要とし、
 求めているものから、野球をスタートしたいのです。」

もし本当に、高校野球選手が甲子園でそんなこと言ったら、非難轟々だぞ(笑)
大いに蛇足であったと思う。これによって後半の野球マンガとしてのダイナミズムが台無しになり、大変がっかりだ。

それはとりあえず置いといて、本について。
アニメでは触れられていない描写や、語られていないドラッカーの論述があって、なるほどと思った。
「マネジメント」をどう高校野球に生かそうとしたか。そのやり方、手順について非常に細かい話がある。
文中で紹介されるドラッカーの言葉は、どれもぱっと読むと非常に分かりづらい。
これは「マネジメント」だけでなく、ドラッカーの著作全体についていえる事なのだろうが、
専門的な用語が多く、哲学的な言い回しだからだ。
それを「高校野球」というフィルターを通して、分かりやすく一例を挙げている点は評価されるべきだろう。
例えば。
『自らや作業者集団の職務の設計に責任を持たせることが成功するのは、
 彼らが唯一の専門家である分野において、彼らの知識と経験が生かされるからである。』

 →この走塁担当には、各チームの最も走るのが得意な人間に当たらせた。
 それは彼らの知識と経験を、貴重な資源として生かすためである。
 走るのが得意な人間は、どうやったら早く走れるかを知っている。
 走ることについて他の部員以上の知識と経験がある。それをチームのために生かしてもらおうとしたのだ。


『(マネジメントの正統性)そのような正統性の根拠は一つしかない。
 すなわち、人の強みを生産的なものにすることである。
 これが組織の目的である。したがって、マネジメントの権限の基盤となる正統性である。
 組織とは、個としての人間ひとりに対して、また社会を構成する一人ひとりの人間に対して、
 何らかの貢献を行わせ、自己実現させるための手段である。』

 →野球部と陸上部は、みなみのコンサルティングを通じて、良好な関係にある。
 その延長で、女子キャプテンの小島沙耶香に野球部員への走り方の指導をお願いしたのだ。
 (中略)これは野球部にとってメリットが大きいのはもちろん、沙耶香ににとってもメリットになるはずだ。
 なぜなら、彼女の強みを生かされることによって、彼女自身を生かすことにつながるからだ。


『これらマーケティングに関わる目標については、すでに多くの文献がある。
 しかしいずれも、これらの目標が、実は次の二つの基本的な意思決定の後でなければ
 設定でいないことを強調していない。すなわち、集中の目標と市場地位の目標である。
 古代の偉大なる科学者アルキメデスは「立つ場所を与えてくれれば世界を持ち上げてみせる」と言った。
 アルキメデスの言う「立つ場所」こそが集中すべき分野である。
 集中することによって、初めて世界を持ち上げることが出来る。
 したがって集中の目標は、基本中の基本というべき重大な意思決定である。』

 →夏の大会まで残された時間は、あと三ヶ月しかなかった。出来ることが限られていた。
 だから、何かに集中し、何かを捨てる必要があったのだ。
 そこで攻撃と守備について、それぞれ一個づつ集中するポイントを決めた。
 まず攻撃のポイントを「ストライクとボールを見極める」ということに決めた。
 続いて守備のポイントを「エラーを恐れない」ということに決めた。
 「ノーボール・ノーバント作戦」の更なる強化。


このように、ドラッカーの提言を文章で細かく解説しており、その意味では間違いなくアニメより分かりやすい。
非常によく出来た本である。だが決して「小説」ではないと思う。
本とアニメを含めて、「小説」「物語」としての疑問点を挙げると。
①マネージャーが書店員に「マネジメント」を薦められる。
まあ、この大前提がないと話が進まないから目を瞑るとして、
マネージャーを目指すみなみが読んだときの感想が以下の通り。
「「マネジメント」を読むうちに魅力に取り付かれた。
 (中略)この本からだけには、自分を、マネージャーとしての適正を否定されたくなかった。
 マネージャーの資質に必要なものは、真摯さとある。その瞬間涙があふれはじめた」

いくらなんでもこんなことが女子高生でありえるのか?まあ、どう考えても著者の投影だから仕方ないか。

②二階堂正義のキャラクター。
「知ってるも何も、俺ドラッカーならほとんど読んだぜ」
「おれは、将来起業したいと思ってるんだ。野球部に入ったのも、そのためさ」

日本の実業家には体育会系が多いし、運動部出身の人間は多くの場面で重宝されるし、
経歴としても大きなアドバンテージになるから、と本には描写されているが、
そんな高校生が、現実にいるのか?
というのは、確かにドラッカーは経営学の父だとか、マネジメントの大家と言われるそうだが、
著作は先述した通り、かなり分かりづらいものだからだ。
高校生で「すべて理解してます」ということは、経済学と経営学も、かなり理解しなければならないはずだ。
「いや、いるんだよ」というからには、読者にそう思わせなければいけないわけで。
それとも、単に私の理解力だけの問題なのか?
思い出すのは、書評家の北上次郎の言葉である(「もしドラ」のことではない)。
「これはあんまり言いたくないんだけど、渡辺淳一が「ひとひらの雪」のヒロインについて、
 こんな女いませんよと言われたとき、いや銀座にはいるんですよって、答えたという有名な話があってさ。
 銀座にいればいいのか、それを読者に納得させるのが作家だろって議論があるから、
 (中略)今どきこんな子はいないと決めつける前に、それは勝手な思い込みなんじゃないかって、
 疑いを持ったほうがいいような気がする」

このキャラクターに対する感想は、単に私の問題かもしれない。しかし私には分からなかった。

③高校野球は非営利組織ではあるが、あくまで学校教育ではないか。
④新入部員に対する人員削減は、いわばリストラ。教育としてどうかと思う。
⑤教育であるならば「過程」にこそ意義がある。甲子園はあくまで二次的であるべきでは?

『市場において目指すべきは最大ではなく最適である』と本文中でドラッカーは言うが、
それは、あくまで市場においてはである。高校野球は市場ではないし、非営利組織である。
そもそも学校教育の一環だろう。その立場にいる人間が、野球部の存続を優先して、
リストラまがいの行為をするのは、果たしてどうなのか?
野球部員が増えると他の部の新入部員が減ってしまうとか、補欠選手が増えてしまうことを懸念しているが、
高校野球は、あくまで教育だろう。生徒の意欲を尊重し、育てていくことが教育ではないか?
ある程度の入団テスト的なことは必要かもしれないが、
ここではマネージャーによる面談のみで、それを決めているのだ。
高校野球は、甲子園出場という目的、あるいは利益にのみ存在するのかと疑ってしまう。
特に内田樹氏の教育論を読むとそう感じる。長いが一部引用する。

>学校教育における緊急の課題
だから、教師に必要なのは、ぎりぎり削ぎ落として言えば、
「手立てを尽くすことのできる教育上のフリーハンド」と「教育成果をひたすら待つ余裕」、
それだけなんです。
教育方法の自由と、数値的評価の自制、それがいちばんたいせつなことなんです。
学校教育における喫緊の課題は、この2点に尽くされると僕は思っています。
忍耐強く、子どもたちの成長を見守っていけるだけの余裕があり、
様々な教育方法を、自由に試すことができる、創意工夫が許されていれば、
子どもたちはいずれ、そのポテンシャルを開花させます。これは僕の経験的確信です。
だから、僕たちはそういう教育環境を確保するために、全力を尽くさなければいけない。
それを心ない人たちは「教員たちが楽をしたいからだ」というふうにあしざまに罵りますが、
それはあまりに短見というものです。自己利益のことだけ考えている教師なんか、まずいません。
みんな、子どもたちを伸ばしたい、成長させたいと願っている。
でも、そのために必要な教育環境が破壊され続けている。
学校教育に政治イデオロギーが介入し、メディアが介入し、ビジネスが介入してきて、
子どもたちを、選別と収奪の対象としようとしている。
そういう外部からの介入に対して、教える側の人間は、全力で学校と子どもたちを守らなければいけない。


教育という観点から見ると、このリストラ的な行為に、非常に違和感を覚えた。
但し、この中で野球部員同士で、得意な分野をお互いに教えあったり、
陸上部や料理部、応援団との交流によって、意識を高めていくというところは
先に挙げた教育論と照らし合わせても、非常に良いことだと思えた。


⑥みなみの動機の希薄さ。野球と野球部に対する真摯さの皆無。
⑦何故、最後の決勝戦で勝てたのか?みなみではなく、ゆうきのために戦った部員たち。

みなみはゆうきのためにマネージャーをやったのであって、野球部のためではなかった。
事実、そのことを決勝戦前に全員の前でぶちまけて台無しにしてしまっている。
この時点で、野球部員はみなみにためではなく、ゆうきのために試合に勝とうとしている。
決勝戦でベンチに戻ったみなみも、最終的には応援以外には何もしていない。
部員はその都度ゆうきを思い返していたし、最後のタイムリーヒットもゆうきの話がきっかけだった。
著者が言うには、みなみが居なくても決勝戦で勝てたことは、野球部・組織のマネジメントの成功の証だという。
そして最後に、みなみ自身が野球部の顧客になったと、アニメでは強く訴える描写になっているが。
結局、みなみのマネージャーとしての真摯さ・誠実さとは、一体なんだったのか?
また、ゆうきが死んだのは「過程ではなく結果だ」と語ったみなみに対する復讐であると、
著者は説明しているが、それを匂わす描写があったか?それを読み取れる行間・余白は全くない。
何より「復讐のためには、自分で死期をコントロール出来るんだ」とかいうが、あまりに命を馬鹿にしている!
心臓病がいかに苦しいか、知ってるのか!?怒鳴りたくなった。
(なぜなら、私自身が心臓病だったからだ!)


つまりドラッカーの組織論を主体にして観るか、野球マンガとして観るかで、
この「もしドラ」の印象・感想は、明らかに分裂するのだ。

まあとにもかくにも、突っ込みどころは満載で(笑)、いくらでも文句は出てくるのだけど。
本を読むと、登場するキャラクターが「マネジメント」を分かりやすく解説するためのものとして、
設定・配置されているのがよく分かる。

監督は野球の専門家であり教師だったり、補佐役になる秀才女子マネージャーの文乃がいたり、
途中でマネージャーに転向する野球部員の二階堂正義がいたりと、彼らは完全に解説要員なのだ(当然だけど)。
アニメでは後半が完全に野球マンガになっていたが、この本では処女作である「エースの系譜」同様に、
淡々とした描写で綴られているのが、ちょっと驚いた。
エースの系譜/岩崎 夏海

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「エースの系譜」は、高校野球部の監督になった男が甲子園出場を夢見て、
何年も何年もかけてチームを育成し創り上げていくという、野球オタクの妄想の極致とも呼べるものだ。
その究極例が「もしドラ」のなかで登場する。
高校野球に新しいイノベーションを起こそうとする「ノーボール・ノーバント作戦」である。
野球において、送りバントとボール球を打たせる投球術が陳腐化しているからだ、という描写があるのだが、
これは本当の話なのか?野球を、高校野球をあまりに甘く見てやしないか?

プロ野球ならいいかもだが、一発勝負の高校野球ではどうか・・という批判が圧倒的である。
この辺はまさしく、野球オタクの妄想・願望の表れ以外の何物でもないと思う。
もう一つ。一塁走者が盗塁しようとリードしているとき、自軍の応援団が「いーち、にーい、さーん」て煽っているが、
こんなのありなのか?どう考えても、試合妨害としか思えないけど違うの?


もう一度いうが、これは「小説」ではない。
少なくとも「物語」「ストーリーテリング」の点に関しては、個人的には面白さを感じられない。
その名のとおり、ドラッカーの「マネジメント」を高校野球のマネージャーの視点を通して、
非常に分かりやすく解説した、ビジネス本として高く評価されるべきだろう。


それでもアニメの場合、最終回で感動してしまい、一瞬うるっとしてしまったのは
野球漫画としてのダイナミズムと、声優の演技だったと思う。
どうしても「おおきく振りかぶって」と比較してしまうのだ。
おおきく振りかぶって (1)/ひぐち アサ

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これは、公立高校の新設硬式野球部を舞台に、総勢10名の部員が、
やり手の女性監督の指導のもと、甲子園を目指すという、テーマとしては「もしドラ」と同じものといえる。
このマンガが面白いのは、主人公である投手が弱気で自虐的とだったり、
メンタルトレーニングなどのスポーツ心理学に焦点をあてたり、徹底的にリアル路線にこだわったり、
野球が持つチームプレーとしての面白さを、見事に表現している点だ。
「野球をいかに楽しむか」「いかに練習を楽しむか」
それに対して、どういうモチベーション・動機を、各部員がどう身につけるか。
どうやってコミュニケーションをとるか。
そして「楽しんで甲子園に行こう!」という目標でみんなが一致していく様が、高校生の目線で語られる。
ドラッカーによる、システマティックなものではなく、
高校生らしく、野球部がどうやって甲子園を目指すようになっていくかが、読んでいて非常に面白い。

言い出すときりが無い。「物語」としては「いや、ちょっと待てよ」の連発なのだ。
んでもって著者の岩崎夏海氏が、公式blogでトチ狂っているとしか思えない発言をしているため
ますます非難轟々という状態になっている(笑)

佐藤秀峰さんの本やマンガへの考え方について
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111225/1324797973(公式blog)
>本は、購入した人の所有物ではありません。
>そもそも、太陽とか土とか水でできた紙を使ってできた本を、数百円払ったくらいで
>「所有」しているという考え方がおこがましい。

→(自炊代行について語ってるのだが、はっきり言って異常である)
  これに対する佐藤秀峰氏の反論─岩崎夏海さんの本や漫画への考え方について─
  http://mangaonweb.com/creatorDiarypage.do?cn=1&dn=32844(全くもって正しい)

教育について
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111130/1322621523(公式blog)
>だから、ぼくは意見の違いなど認めない。意見の同じところをこそ認める。
>「違い」になど目を向けない。「同じ」にこそ注目するのである。
>そもそも、放っておいたって人は、どうしたって「人それぞれ」という考え方に向かいがちだ。
>だから、それをバランスするには、むしろ「人は同じ」と思うくらいがちょうどいいのである。

→(あまりに強制的な教育観の持ち主であることが分かる。個性を無視するのか? オイオイ野球部は?・・)

日本の異能 岩崎夏海氏「ベストセラー作家から炎上ブロガーへ。転落+復讐こそ作家の歩むべき道」
http://blogos.com/article/2490/?axis=b:57
→(ドラッカーをちゃんと読んだのか?と疑いたくなる言説のオンパレード)

もしドラ作者・岩崎夏海「ベストセラー作家だけど質問があるよ?
なぜ僕のことをスティーブ・ジョブズみたいに評価しないの?」

http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20111019/1318990671(公式blog)
http://news020.blog13.fc2.com/blog-entry-1840.html
→(悪いが、こういうことを平気でのたまう人間を、私は絶対に評価したくない)

これらを本気で言ってるとしたら、全くもって救い難いのだが。
「俺の思ってる通りに読め!」とか言っている以上、
この人は「作家」ではないし、ましてや「小説家」などでは決してないと断言する。

周りの様々な意見・解釈を受け入れてこそ、表現者・作家だろうに・・・。
blogは炎上させてなんぼとか言ってるらしいが、「岩崎夏海」の名前ではなく
「もしドラ」だけが先行して忘れられるのが嫌で、わざと煽っているのだろうか?
だとしたら、少々可哀想に思えてくる。
いかんせんドラッカーを借り物にして、ベストセラーを出してしまったからには、今後が厳しいのは確かだ。
今後、もし仮に「作家」を目指すなら、今度こそ借り物ではない作品で勝負しなければならないし、
自分が世界で一番ドラッカーを理解している、と自負しているのなら、
伝道者として、ドラッカーの本質を訴え続けて欲しいと思う。


もうひとつ。
ブームというのは宣伝・口コミによってもたらされるもので、みんなが買ってるから買ってみようというものだ。
ベストセラーとは、普段全く本を読まないが流行から買ってみた、という人が半分以上を占めている。
その結果、おそらく2年後にはブックオフで100円で山積みになる可能性が非常に高い。
それで「多くの人に愛され、読まれている」と言えるのだろうか?
岩崎夏海氏に問いたい。
「あなたにとって「顧客」とは何か?事業とは何か?何であるべきか?」
「棺の蓋が閉まるときあなたは、何をした人、と言われたいですか?」
                               (P.F.ドラッカー)


追記。
AKB48の前田敦子主演の映画について。

映画評論家の町山智浩氏が、ぼろくそに言っていたので(笑)逆に興味をもって観てみた。
結論として。町山氏の言ったとおりだった(笑)
映画はアニメ以上に、ドラッカーが全く関係なし。まあ2時間でドラッカーの理解は難しいわな・・。
それはいいとして。
いわゆるアイドル映画として考えるなら、確かに失敗だ。
なぜなら主演の前田敦子にまったく魅力を感じないのと、物語の中心に設置されていないからだ。
どう考えても、大泉洋の映画に映る。
まあ私がAKBに、まったく興味がないせいもあるかも。
もし自分が10代でAKBのファンだったら、また見方は変わったのかもしれない。
なんでこうなった?
だが原作だけならず、脚本にも岩崎夏海が関わってるのはどういう了見だ?
と思っていたら、DVDの副音声で、監督と一緒にドラッカーと「もしドラ」について、あれこれ解説していた。
「みんな分かってないけど、この場面はこうなんだ」とか言ってる段階でダメでしょう(笑)
「それだけ、皆が理解できない本を書いた」と、
逆説的に自分で白状してるようなものだからだ。


町山智浩、映画『もしドラ』を語る
商業映画でいちばん大事なのは観客へのサービスですよ。
http://www.nicovideo.jp/watch/sm14749021

→あまりにも正論で、監督が可哀想になってくる(笑)
以下はその町山評に対する反論blog
町山智浩氏のもしドラ解釈が全然駄目な件
http://blog.livedoor.jp/y0780121/archives/50633282.html
結局、原作を理解していないからだという反論だが、原作を読まなくても楽しめるものを映画は目指すべきでは?

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まずOPに驚いた。アダルトな映像だったのもそうだが、
主題歌はあの「ルパン三世のテーマ」の2012年版を
菊地成孔がやるもの、と思っていたからだ。
先行映像で流れたあの音楽が、そのまま主題歌になるとは個人的には想定外。
もちろん曲としては格好いいのだけれど。
峰不二子という女OP


本編だが、絵的にも内容的にも原作に非常に近い。旧ルパン以上だ。
どう考えても、ゴールデンタイムでは放送出来ないわなぁ・・。
ルパンは限りなく格好よく、峰不二子はあまりにもセクシーだ。
まだ一話の段階だが、毎年放送されてるスペシャル版のルパン三世よりも面白いと思う。
未だに賛否両論であるクリカン(栗田貫一)ルパンだが、やり始めた初期の頃は軽い感じがしたが、
今回久しぶりに観たら、渋さが増していて驚いた。非常に良い。
また前年のスペシャルからだが、峰不二子役が沢城みゆきに変わっているのも大きな特徴だ。
これも賛否両論だろうけど、個人的にはOKだ。声質的にも良いと思う。
演技派である沢城さんがどう不二子を演じるのか。

今回のルパンに、個人的に期待が高まったのは、まず絵が原作に近いこと。
ルパンと不二子の若い頃、つまり出会う前の話であること。
峰不二子がシリーズの中心であること。声が沢城みゆきであること。
そして音楽が菊地成孔であること。以上だ。
先ほどOPが想定外と書いたが、今回の話のテイストを考えると、正しいと思えた。

今後が楽しみになってきた。

追記
音楽監督の菊地成孔氏のblog「第三インターネット」でルパンの記事がある。
まあ、そもそもこの人はちょっとくだけたというか、ふざけたというか。
軽狂気味に、攪乱気味にものを言ったりするので、かなり誤解される。
というより、私自身も少々頭にきたことがある。
この人はジャズはもちろん、その他の音楽についての見識は素晴らしいのだが、アニメは全然知らないらしい。
ルパンもあまり観たことがないそうだ。まあそれはいいとして。
そのくせ、こんなこと書けば、ファンがムッとするのは当然だろう。
ルパンとDCPRGの並走/新宿伊仏
http://www.kikuchinaruyoshi.net/2012/03/14/ルパンとdcprgの並走-新宿伊仏/
これについてファンから反論があったのが、以下の記事
大谷登場/ルパン/ファンとの往復
http://www.kikuchinaruyoshi.net/2012/04/03/大谷登場-ルパン-ファンとの往復/
つまりアニメファンがどういうもの、まだ理解が及ばないというか、偏見があるようだ。
「アフロ・ディズニー」という著作で、「オタク=黒人」説なんて書いてあったとき、
「アニメをろくに観てもいないくせに、もっともらしいトンデモを大学で語るんじゃねぇ!!」
と、言いたい気分に襲われた。

まあ、とにかくアニメに対するリスペクト、ファンの愛情は理解して欲しいものだが・・。

※一応、私は菊地成孔氏のファンである。
だからこそ今回のルパンで音楽を担当することについては、うれしく思っていることを付記しておく。