小説ではなく、エッセイの「すべての男は消耗品である」だった。
すべての男は消耗品である (集英社文庫)/村上 龍

¥480
Amazon.co.jp
その語り口と切り込み方が面白く、20代半ばまでは熱心に読んでいたと思う。
小説もいくつか読んだが、まあ面白いものもあれば、つまらないものもあり、その落差が激しい。
私からすれば村上龍は小説家、というよりは
エッセイスト・コラムニストのイメージが強いのだ。
最初に姿を見たのがTV番組だったせいもあると思うけど。
ちなみに小説で面白いと思ったのは「だいじょうぶマイフレンド」「ラブ&ポップ」「半島を出よ」
「5分後の世界」といったところか。「共生虫」は難しくて途中で挫折した。
「最後の家族」は、それまでエッセイで語っていたことをまとめただけの、レポートみたいにしか思えなかった。
村上龍ファンから怒られるだろうなぁ・・。すみません、多分何も分かってません。
先日、しばらくぶりにエッセイの最新刊「逃げる中高年、欲望のない若者たち」を読んだ。
逃げる中高年、欲望のない若者たち/村上 龍

¥1,365
Amazon.co.jp
まあ相変わらずなのだが、読んでいて段々腹が立ってきて仕方なかった。
別にそれほど間違ったことを言っているわけではない。
一応中立的で冷静な意見を言うのだが、自分の趣味の話になると、思いっきり自分本位になる。
「私はアルマーニのブランドが好きなのではない。アルマーニの品質が好きだから買ってるんだ」
とかいう話は、一般庶民からすればムカつくだけというのが、分かってるのか分かってないのか。
(これは別のエッセイで言っていることだけれど)
経済の話もマクロ的なものならまだ良いが、ミクロになるとどうにも的外れに思える。
結論として何が言いたいかというと、
小説を書いたり、取材をしたり、経済を知ろうと思って勉強したとか言っても、
結局、村上龍は「現場を知らない人間」なんですね、やっぱり。
エッセイを読むとなおさらよく分かるのだが、どこか浮世離れしてるのだ。
まあサラリーマンにはなれないと思って小説家になった人間だから、
サラリーマンの気持ちは分からないし、今後も分からないままだろう。
20代半ばまでは熱心に読んでいた村上龍だが、それが分かってからはどうにも歯痒くなる一方だった。
じゃあ読むなという話だが、物の見方というか視点のユニークさだけは興味があるというか、
やっぱり面白いと思ってるのかなぁ・・。
でもかつての輝き、若々しさは(小説にしろエッセイにしろ)とっくに失せている気がする。
本人にも十分分かっていることだと思うが。
高校生のころ、私が読んでいた村上龍の小説だったかエッセイだったかを、
母が読んだときに言った一言がある。
「何かこの人、人生を一生懸命生きていない気がするのよねぇ・・・」
そのときは分からなかったが、この指摘は全く正しいと思う。
私がそれに気付いたのは20代後半になってからだった。
まあ小説家というのは、皆どこか浮世離れしている人種ではあるのだろうけど