専門化と部門化が進み過ぎた社会。 | あるグローバル投資家の軌跡。(労働資本⇒金融資本編)
東京電力の資本金7000億弱、売上5兆。この規模で、これだけの規模の事故を起こしてしまった。

賠償金の支払だけで、財務がアウトになる可能性が極めて高い。それに、原子炉の後始末という高コストの課題も残る。

東電の4万人弱と関連会社の従業員の雇用、電力不足による経済活動縮小による解雇も含めると、経済へのインパクトが大き過ぎる。

まずは、トラブルを早期に収束させ、電力供給を最大限確保することが優先だが、東電の罪(一方的に責めるつもりもないが・・・)は必然的に相当重いものとなる。

さて、組織論的な話になるが、資本経済が成熟すると、否が応でも専門化と部門化が進んでいく。これが、短期雇用とも直結している。

社会に活気があり、部門間の結びつきが有機的な時は上手くいくが、経済の停滞やオペレーションの失敗が発生すると、責任のなすりつけ合い、わずかな利益の奪い合いが発生する。

今回の政府と東電の動きを見ていても、専門化・部門化の弊害が見て取れる。さらに、現場とトップマネジメントまでの戦列があまりにも長い。

情報伝達ツールが、これほど発達していた時代は過去になかったにも関わらず、情報の精度と伝達速度があまりにも遅い。

少子高齢化により、逆ピラミッド型の社会構造になっていることも、事を悪くしているように思える。

現場の若手の功績は、上層部の功績として取り扱われ、若年層は永遠に報われない。ワーキングプアーが発生している土壌といえるかもしれない。

悲観的な記事になったが、現実は現実。そんな組織構造で、未曾有のトラブルに対応しているということを忘れてはならないと思う。