転職千夜一夜物語 69


アパートには午後5時頃に戻れた。


大学のは駐車場で解散となったが、相変わらず気持ち悪くて、アパートまで通常なら二、三分の距離がとても長く、湖畔マラソンさえも彷彿とさせる。

ドアを開けて、敷きっぱなしの布団に崩れ落ちる。

『少し、寝て体調戻さないと、仕事どころでないや』


マスターの顔が思い浮かび、休みを欲しいと告げた時の今までに聞いたこと無い声のトーンを思い出すと、月曜日からの出勤もなんだかバツが悪い。当時は世間知らず真っしぐらの為、社交辞令のお土産でご機嫌をとる、なんてことは思い付きもしない。

兎に角、明日の出勤までには丸々24時間あるのでそれまでにアルコール分は抜いておかないと。

新歓コンパの事の記憶を呼び起こす事なく、また眠りに就いた。


月曜日に出勤し、マスターと顔を合わせると

「アルバイトでも、仕事は仕事だからな」

と一言。

その後すぐに普段の顔つきに戻った。


きっちりお説教を喰らうのでは無いところがかえって痺れる。気が重い。


目を合わさないように店の作業をしていると、


「どうだった?シコタマ飲まされたか?」


その一言で、一瞬にして気が楽になった。


「酷い二日酔いでした。ようやくアルコールが抜けたところです」


「アルコールってのはそんなには残留しないもんだ、アルコールが分解してからのアセトアルデヒドってのがタチが悪いもんだから、二日酔いする。アセトアルデヒドは毒なんだ」


初めて聞く単語に、キョトンとしている私だった。 


「で、アセトアルデヒドは肝臓で酵素によって分解されて酢酸になり、結局は二酸化炭素と水になるんだ。結局は水と吐息になってしまう酒ってのは因果なもんだ。だけど、美味いもんだからな」


その頃の私は酒が美味いと感じた事は無くて、20歳で許された権利を行使するのに大人としての喜びを感じていたに過ぎない。


「阿部君も、酒の飲み方を勉強しないとな、今度は、飲み方教えてあげよう」


「は、はい」


二日酔いから復活してまだ数時間しか経っていないので、マスターからのお誘いは大変有り難いにも拘らず、そのお誘いが実現される日が遥か将来であって欲しいと願う私だった。