転職千夜一夜物語 61


ムツゴロウ先生は見た目からしていかにも食は細い。マスターは注文を聞きもしないで、ささ身と軟骨を焼き始める。

ささ身の筋を抜くと水平に包丁を入れ、間に大葉を入れ、それを三等分にカットして串に刺す。

軟骨はマスターの説明だと、やげん、と言ってムネ肉の中央の骨だ。

ささ身は表面が白くなれば出来上がり、かなりレアな焼き方で提供される。


ムツゴロウ先生はささ身を一口食べると、またワインを一口飲んだ。


マスターは

「ロマンに行って、みどりちゃん呼んで来い」


「はい?ど、どうすればいいんですか?」


「行って、『先生来てます』って言えばいいんだ、さあ、早く」


ムツゴロウ先生は『その一言を待ってました』の表情を見せる。



向かいのロマンというスナックのマスターは先日顔を合わせてあったが、いかんせん強面で、お近づきになりたく無いタイプであったから正直、ロマンに向かうのは気が重かった。


ロマンのドアを開けると、照明は薄明るく、カウンターと3席ほどのボックス席のこじんまりしたスナックだった。


あのマスターは

「いらっしゃい」

と満面の笑みを浮かべていて、別人の様な柔らかさ。


「あの~、みどりちゃん、さんって方いますか?

先生が来てますって、マスターからの、、」


と言い終わらないうちに振り向いたのが、みどりちゃん。


『えっ?この人?』

と言ってしまうほど、ちゃん付けが似合わないお年頃に見えた。その顔の年輪を隠す為に塗られた化粧はとてもケバい印象だ。


「すぐに行きます」


みどりちゃんのダミ声は風貌と完全に一致していた。


私は店に戻ると、


「すぐに来るそうです」


と一仕事終えた安堵感があった。


先生は嬉しさを顔に出さない様にしているものの、しっかり感じ取れた。


そして、みどりちゃん登場。


ロマンの店内よりウチの店の方が格段に明るいので、みどりちゃんの顔がはっきり見える。


『露呈する』が相応しい表現だろう。


早速先生の隣に座り擦り寄る。



ファンデーションの厚さ、アイシャドウと付けマツゲ。赤い口紅。

 

人の好みは色々だとつくづく感心してしまう。


マスターはみどりちゃんの到着にすぐに対応して焼き鳥を焼き始める。


『何にも言われてないのに?』



注文を聞かずに焼き始めるマスターは押し売りの様に見えて、みどりちゃんは先生に擦り寄る年老いた猫に見え、先生は先生で、下心の隠し切れないエロ老人に見え、まさに


『嫌らしい大人の三つ巴』だった。



続く