職業人?社会人?として blog を
書いてみる。

僕の経営する医院の裏の方には、
県営団地があり、独居老人、

パラサイトシングル(古い言い方だけどね)

無職同居息子>娘

年金目当て介護者

生保人

など、社会現象とも言える
独特な人たちが数多く
いらっしゃる。
それぞれ、一言いいたい
ことはあるんだけど、
なんといっても国のお金が
からんでいる生保

月末には、もらったお金は
使い切らなくてはいけないので
医院周りの飲み屋とかは
生保の常連さんがいて
月末にはどんちゃん騒ぎの
飲み会、昼間からカラオケだ。(-^□^-)
医療費もただだから、毎日
リハビリを受けに来て
マッサージ屋さんと
間違えていやがる。ヾ(▼ヘ▼;)
年期の入ったベテラン生保人
などは、あごで若い職員を
動かす。( ̄▽ ̄)=3
文句を言っても、その場限り
一度などは、診療拒否か
とすごまれたことすらある。

それも平等に扱わなくてはいけない
頑張って仕事して貧乏している人
と、生保で楽してる人は別扱いは
いけないのは通念としては当然!!
でも、気持ち的には、働いている
人がえらいに決まってる。
でも、やむなく、職が無く
生保にしかたなく痛恨の
思いでなっている人もいる。
狙って生保人になっている人と
痛恨の生保人は、よほど事情を
聞かないと、鑑別はできない。

差別しろというのではない!!
わきまえて欲しいと思っているのだ。
悪平等、機会均等ではなく、
全均等が悪いのだ。
努力や能力の結果、差が
出ることを認めない風潮は
この国の特徴だ。

国民皆保険で平等なんて
できるわけがないのだ、もはや。
負担率を換えても、タダで医療を
受けている人たちが、きちんと
保険料を納めている人の
お金をどんどん使っていく。

何故か、生保狙いの生保人は
生活が乱れているのか、
生活習慣が悪いのか、
精神構造がもともと変なのか?
何故だか、妙な体の壊し方を
するのだ。
よく、なんでこんなになっちゃうんだ
と思うことがある。
具体的には問題があるので
書けないが・・・・
悪平等と無駄と言えば、
教育においても、この国は変だ!!
社会人の世界でも学校でも
なんでも均等にたくさんの
事を誰でも同じにやることが
優先される。
公務員、役人が作ったカリキュラム
なので、国民の能力や努力は
全員が均一で個性はないことが
前提だ。
それで、やたら、盛りだくさんの
なんでもかんでも学ぶカリキュラムが
できあがる。
全部会得したら、すごい知識量と
能力だ。
そして、できてもできなくても、
出席してもしなくても、
公立なら、義務教育は全て
会得したことにして終了となる。
私立でも、文科省の縛りが強いし
よほどの事が無い限り留年や
落第はできない。
この辺は、義務教育制度が
まだ未熟だった明治のころの方が
厳しかったと思われる(そういう
ドキュメンタリーを見た。)
最後は。
大学卒という名前でいえば
平等な学歴をみんなが持ち、
そして役に立たない。
ふつうにやっていては差が付かないから、
塾産業などが発展する。
ドングリの背比べから抜け出すのは
かなり大変だ。
それで、下手に抜け出そうとすると
出る杭は打たれることになる。

「さあ、みんな、同じ柵の中で、
足を縛っておいて、めいっぱい自由に
個性を出して、能力を発揮して
くださ~い」ってな訳だ。

内緒で目立たないように、
意見、異見を言わずに
頑張らなくてはいけないのだ。
間違っていることを間違い、
悪いことを悪いと言えない場合が
大いにある。
慣例、前例、周りに従い、同じように
行動し、同じように考え、
同じレベルのふりをして、
異分子は排除する!!
これが、島国根性というものなんだと
言うことに、実は最近気がついた。
正しいことを言うとつまはじきに
される村八分社会だ。
欧米が良いとは言わないが、
彼らと交流するようになって、
本当のカルチャーショックを経験して
実際に気がついた、というかはっきりと
見えてきた。
この国では、真のグローバリズムは訪れない。
人の立場に立って考えるという
日本の良い考え方の根本的美徳
それがおもてなしの心と言って
今もてはやされているが
それは非常に狭い範囲の個人レベルことでは
誇らしい物だと思う。
だからといって、他人同士、価値観が
全く違うところにお互いに認め合って
個人として独立して断つことができない。
だから、集団としては強いこともある
のだが、個人としては弱い傾向にある。
もちろん、個性あふれて独立心の
強い人はいて、それがもてやはされる
事はあるが、
それは、認められた後
のことで、突き抜けた人やものは
もてはやすのに、突き抜けるまでは
無視し、叩き、潰そうとする。
それに耐えて突き抜けた人は
やたら、特別扱いになる。
こういってしまうと、
それはどこの国でも同じだと
いわれそうだが、実はそれが
無視、叩き、潰しが、
その過程であるかないかの
違いが大きいのだ。

震災でパニックがおこらないのも、
上記の縛りというか不文律が
人々を閉じ込め、結束させるからだ。
そういうときには良い方向に
力が発揮できるが、守りではなく
攻撃というか、殻を破って、
自ら変わらなくてはならない状況
の時には、それが足かせになってしまう。

まさに今のこの国がその状況だ。
自らは変われない!
外圧によって崩壊しないと変われないのだ。
これまでは、全て、それは戦争で
片を付けてきた国なのだ。
今度は、戦争をせずに、経済戦争
と社会戦争によってのみで、
どこまで変われるか。
どこかで、一度崩壊しないと
変われないかの瀬戸際にいる。
対策は個人としては練っておかないと
国に潰され、凍結されるぞ!!
