7月に大好きだった祖母が亡くなったのですが、諸事情により帰国できませんでした。
海外に住んでいると一番辛いのはこんな時。
いつ亡くなってもおかしくない状態だったので出来るだけお見舞いにも行っていたし、伝えたいことは伝えてあったので後悔はありませんが、側にいて寄り添ってあげられなかった罪悪感は最後まで拭いきれませんでした。
毅然とした祖母だったので、寂しいなんて一言も言いませんでしたが、きっと寂しかったと思うのです。
日本では四十九日の法事が行われていた先週末の土曜日、私はポブレー修道院にいました。
隣には心友のパートナー。
元々私の大好きな修道院で、祖母の旅立ちを一緒にここでお祈りしたいと、二人で話しているうちに決まりました。
スペインには珍しい、装飾がこれ以上ないほどシンプルな修道院です。
祖母は仏教徒でしたが、若い頃に賛美歌を歌いたいという動機で洗礼を受け、クリスチャンだったこともあるリベラルな人。
きっとこの修道院も気に入ってくれたと思います。
修道院の高い天井を見上げながら祖母の無事な旅立ちをお祈りしていたら、身体中の水が枯れてしまうのではないかというくらい、次から次へと涙が溢れました。
涙はいいのですが、気づいたら鼻水も、、、、。
ティッシュを持っていなかったので、隣で神妙な顔をして座っていたパートナーに「ティッシュある?」と聞いたら、鞄の中をごそごそ一生懸命探してくれましたが、いつもたいてい持っているティッシュが切れていました。
鼻水が、、、と告白すると、「よーし、ちょっと待って」と再びごそごそ。
「これを犠牲にしていいよ」と差し出されたのはメガネ拭き。
涙はともかく、鼻水が恥ずかしかったので一瞬こころ揺れましたが、一ミリだけ残っていた理性が僅差で勝利しました。
後になって、「んなもん、使えるかいなー」と改めて思いましたが。
優しい優しいパートナーです。
修道院を出ると、外はちょっと秋らしさも感じられる爽やかな晴れでした。
「僕も一緒にbuen viaje (良い旅)をお祈りしたよ」と、ちょっとしんみりした様子のパートナー。
涙&鼻水まみれになっている私の横で一生懸命祈ってくれてたんだね、ありがとう。
極楽浄土、天国、どちらでも構わないけれど、戦争、失明を含めて大変な人生を最後まで生き抜いた祖母は、苦しみの無い、より高い世界に昇って行ったのだと思います。
「やさしい人だね。手でわかったよ」
とパートナーと初めて会って握手したとき祖母は言ってました。
お葬式から四十九日にかけて、自分ではどうにもできない事態につい感情的になってしまう場面もありましたが、今ここにパートナーと一緒にいて大丈夫と思えた日でした。