とてもショックなニュース。

登山家の栗城さんが亡くなった。

ちょうど土曜に彼の投稿を見たばかり。

わ〜あの山に登るんだ!
目の前に見えるエベレスト頂上の写真。

若すぎる。
でも、年齢は関係ないくらい
彼の人生は充実していたことだろう。

私自身へのメッセージとして
ホームページから転載させてもらおう。

いつか、またこのブログを読み返すたびに
彼の言葉を思い出したい。

(以下、転載)

大学3年の時に単独で念願の北米最高峰マッキンリー6194mに単独で向かおうとした時、周りからの声は応援ではなく、否定の声ばかりでした。

 

その時間は一人で山にいる時よりも最も孤独な時であり、目の前にまさに否定という壁がそびえ立ってました。

 

出発直前の空港で、父から電話で一言「信じてるよ」という言葉をかけてもらい、僕は一歩踏み出すことができ、そして今の自分がいます。

 

最近は講演で学校や企業に行くと、「失敗は悪。失敗が怖い。できない。だからやらない方がいい」という否定の壁をよく感じます。

 

否定という壁が多くなれば、挑戦だけではなく夢や目標を持たせない世界になってしまいます。

 

今まで山を登ってきて最も心に残っているのは、登頂した山よりも登ることができなかった山の方かもしれません。

 

それは決して苦い思い出としてではなく、自然の偉大さに触れ、謙虚さ、優しさを教えてくれました。

 

つまり、何かに挑戦するということは、成功・失敗、勝ち・負けを超えた世界が必ずあるということです。

 

しかし、挑戦そのものを否定してしまえば、成功も失敗も何も得ることはできません。

 

その否定という壁を冒険の世界を通して少しでも無くし、応援し合う世界に少しでも近づきたい。


冒険の共有は、ただ登る姿を見せる登山でも、流行りの配信でもありません。

 

挑戦における、失敗と挫折を共有します。

 

なぜなら本当の挑戦は、失敗と挫折の連続だからです。

 

それを共有することで自分と同じように今、否定という壁に向かっている人、見えない山を登る全ての人達の支えになり、自分の山登り(人生)を楽しめる人を増やしていく。

 

それが、僕が目指す頂の世界です。

 

冒険の世界では、自然における未踏や未開の地で己の限界に挑戦しますが、僕は人間社会も自然の一部と考えています。自分の限界に挑戦しながらも、人間と社会が持つ心の壁を登ります。

 

ヒマラヤのような青い空の世界を目指して。

 

栗城史多


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今日は仕事で否定され

なぜこの人達はそんなに

仕事を少しでも減らそう

楽にやろうとするのか

逃げ腰になるのかと…

そんな些細なことで胸を痛めた。


「できません」

というのは簡単な場合と

そうでない場合がある。


でも本当は、自分が決めるだけ

だから、できませんと

言えばいいだけのこと。


その違いは、

チャレンジしようとする

気持ちがあるかどうかではないかな。

チャレンジして、ダメだと思ったら

下山する。


挑戦そのものを否定してしまえば、

成功も失敗も何も得ることはできません。


私の人生も

決して順風満帆ではない。


失敗も沢山。


でも自分が昔々に想像さえ

していなかった世界に身を置けたり

海外を飛び回ったりできている。


それは挑戦する気持ち、

飛び込む勇気次第

ではないかと思う。


栗城さんのような

大きな挑戦だけではなく

日々の小さな挑戦の積み重ね。


見えない山を登る

自分の人生の山登り。


私も栗城さんに

影響を受けた一人として

自分の山を登り続けます。


ありがとう、栗城さん。


感謝とともに、

ご冥福をお祈りいたします。