山中貞則というと自民党の税制調査会、自民党の税制調査会というと
山中貞則であった。

その山中貞則のwikiでの項がやたらと面白い。

そもそも山中貞則が税制通になったのは
1958年、岸信介内閣で大蔵政務次官に就任。感激した山中は財政や
税制に関する勉強に励み、これが後に官僚以上に税に精通した政策通と
異名に繋がる。


趣味が読書で
昭和37年8月の衆議院大蔵委員会の席上「私は推理小説の鬼と言われる
ほど乱読する方であります」と云い、松本清張の長編『黄色い風土』を一読
することを、警察庁刑事局長(当時)宮地直邦に薦めている。

数々の山中貞則伝説に
* 県議会議員の選挙では馬に跨って街宣していた。
* 国会初登院時の服装は、アロハシャツだった。
* 一年生議員の頃は名を上げるため積極的に先輩議員を殴り、
  時には本会議場入口で待伏せしていた。
* 大蔵政務次官就任後の初登庁では、紋付羽織袴で乗込み職員たちの
  度肝を抜いた。
* 防衛庁長官時代、74式戦車の名前を「山中式戦車」にしてくれと装備局に
  頼むも却下された。
* 税調会長就任以来の信条として、税制に関する限り一切の陳情及び取材を
  受付なかった。
* 遺言で「後継は山中家から出してはいかん」と世襲を否定し、身内からの
  後継出馬を当然視していた自民党鹿児島県連が大騒ぎになった。


積極的に先輩議員を殴って名を挙げようとした山中だが、途中から税制の
勉強に励み、ミスター税調となったのだ。道徳の教科書に載せたい政治家である。

日本株
米国株高を受けての強い相場。その恩恵は受けず。フィンテックを一部利確。
他と逆行しやすい武田薬品の割合が多いと、流れに乗りにくいことに今更気付く。

武田は悪材料で大きく下げた時に拾うものだと肝に銘じる。自社株買いが恒常化し
自社株買い程度では材料にならず、悪材料はやたらと多いのがこの銘柄である。

伊藤園は反発せず。ヤフーの掲示板にやたらといる「長期保有だからぜんぜん平気」
「優待が楽しみです」とうそぶく森永卓郎系の保有者を演じようかと思うのである。
ああ言う人たちはいつ反対売買するのであろうか。

為替
JPモルガンのレポート、日銀12月に利上げの地ならしが始まったと。
本日は欧州タイムになって円高となる。ありがちな月曜日。