前の2回からお読みください。
(1) (2)いぜん、聖地と巡礼について述べた本で、巡礼あるいは聖地詣では、ある歴史上のできごとや人物に関するゆかりの地をめぐることで、そのできごとや人物を追体験し、自分の生き方とのかかわりを確認しようとする行為だ、というのを読んだことがあります。
震災を体験した市民たちの間にいつごろからか、「震災モニュメントウォーク」というイベントがひんぱんに行われるようになっています。震災の頃、交通機関が途絶して、長い距離を歩いて通勤した思い出がありますが、そうした体験を再確認しながら、市内のあちこちに点在する記念碑や遺跡などをたずねあるき、ゴールの東遊園地を目指すのですが、これもいってみればひとつの巡礼のすがたかもしれません。
そのように、この公園が聖地化していく反面、被災者、それももっとも心に深い傷を負った方々の間には、そういった体験との自分とのかかわりを否定して、忘れ去ろうとする人も少なからずいることも確かです。私の知人でも、三宮からミナトの方面にいくのに「東遊園地の前を通るのはつらいから」と、わざわざ遠回りしていくという人がいます。その心境もよくわかる気がします。私でも慰霊のモニュメントのまえには立てても、いざスロープを降りて両親や友人たちの名をきざんだプレートの前に立つにはまだだいぶ思い切りが要りますから(汗)
けれどもその一方で、被災者や震災の直接体験者でもない方々で、最近この地を訪れる人が少しずつ増えつつあるようです。
第1回の冒頭で、ここ1週間で2回、東遊園地への行き方を訊かれたと書きましたが、その2回目は女子大生さんのようで、私が「モニュメントをご訪問ですか?」ときいたら、「モニュメントもあるんですか?」と聞き返されてしまいました。なんでも、1月17日の夜に、震災をテーマにしたTVドラマがNHKで放送され、そのラストシーンに、その早朝撮ったばかりの東遊園地での黙祷のシーンが使われていて、とても感動して、ぜひその場所に立ってみたくなって隣の県からやってきた、というのでした。
その方は震災の頃はたぶん小学校にもあがるかどうかという年齢に違いなく、震災の体験はもちろん、報道の記憶もないでしょう。そういった方が、きっかけはドラマでもなんでもいいけれど、幼い時代に遠い街で起こったできごとと、自分との間になにかのかかわりを見つけ出そうとされたことに、私は深くうたれ感謝しながら、彼女にモニュメントの場所を教えて別れました。
1回目に会った方も、ほぼ同じくらいの年代の方でしたね・・・
私たちにとっては、戦災や、広島・長崎の被爆のことは、歴史としては知っていても、いわばすでに伝説。阪神・淡路の震災も、若い方にとってはすでに伝説の域に入りつつあるのかもしれません。
けれども震災の記憶とは、たんに街を一瞬にして破壊したその恐ろしさや、失われた数多いいのちを悼む悲しみの記憶だけではありません。そのなかで生き残ったいのちをいとおしみ、ともに支えあって生きることの喜び、苦難の中から立ち上がった名もない市民たちの底知れない勇気の記憶でもあるはずです。震災を直接体験した者たちだけでなく、人間としてこれからの未来を生きる多くの方々に、その記憶を受け継いでいくために・・・
観光でも、ビジネスでも、この街をおとずれようとされる方々のうち一人でも多く、とくに若い方々に、この公園に足を運んで、モニュメントの前に立っていただきたい。そして15年前に起こったあるできごとと、これからの自分の生き方の間になにがしかのかかわりを感じ取っていただければ、と願っています。
(そして、もしまだ時間がおありでしたら、こちらのほうにもぜひ、お立ち寄りいただければ幸いです。)
神戸港震災メモリアルパーク 阪神淡路大震災記念・人と防災未来センター