神戸という土地に住んでいると、街を歩いていてしばしば観光客など遠来の方に道を聞かれることがありますが、ここ数日の間に2回、同じ場所への行き方をたずねられるという経験をしました。
「東遊園地というのは、どう行けばいいですか?」
訊ねられたのは2日ほど間をあけてですが、いずれもまだ高校生か、大学生とおぼしき若い方だったこともあって、ちょっと驚きを感じてしまいました。
観光客なら、異人館がならぶ北野町とか、南京町とか、あるいはステーキやスイーツの名店の場所をきかれるのが普通ですが、東遊園地は決してそういう観光名所ではないからです。
東遊園地というのは、神戸の中心地・三宮の南にある、都心の公園。遊園地と名がついていますが、ジェットコースターやメリーゴーランドなどはなく、東京でいえば日比谷公園にあたる(規模は小さいですが)都心のオアシス、市民の憩いの場といった場所。
なんでも、明治初期に外国人居留地がつくられた折、その東側に設けられた、日本ではじめての西洋式公園だそうですが、その当時にはまだ「公園」という日本語がなかったのだそうで、苦心の命名だったのでしょう(爆)
この公園には「洋服発祥の地」とか、(「ボウリング発祥の地」というのもあった気が・・・)その他さまざまな文明開化を物語るモニュメントや、奇抜なオブジェや野外彫刻などが点々と並んで、興味のある方にはなかなか楽しいみどころ。私も子供の頃から好きな場所のひとつでした。
しかしその「市民の憩いの場」には、15年前の大震災を境として、もうひとつの性格が与えられ、市民の間に定着してきています。あるいは、神戸周辺以外の方々の間にも・・・
北側、三宮駅や市庁舎の側から公園に足を踏み入れた方は、まず金色の野外彫刻「マリーナの像」に迎えられることになります。何の変哲もない優美な女神像ですが、足元の説明版を読まれるとあらためてぎょっとされるかも知れません。
彼女の抱えた時計は、あの運命の時刻、午前5時46分を指したまま、動きを止めているのです。

その後、公園を散策されれば、震災で60cmほどもずれた地盤だとか、波打ったままの路面とか、いたるところに震災の生々しい傷跡がそのまま記念として残されていることに気づかれるだろうと思います。
そして、その中央の広場では、暖かな日中ならばサラリーマンたちがひとときの昼寝を楽しんだり、若者がフリスビーを投げあったりしているかもしれません。
けれども約1週間前の1月17日、あるいはTVのニュースなどでもご覧になったように、そこには数千本のロウソクのともし火が並べられ、終日被災者たちの静かな祈りに包まれていました。
いま、東遊園地は、私も含めた被災者たちにとって、またあの震災を忘れないで、語り続けようとする人たちにとっての、ひとつの聖地なのです。
その広場の隣には、震災5周年を記念して立てられた2つのモニュメントがひっそりとおかれています。
「希望の灯り」と、「慰霊と復興のモニュメント」。
この2つについては、私にはどうも冷静に語る自信がないので(汗)、第三者の方の記事をご紹介することにしましょう。
平尾亮さんのHP「何処か遠くへ~旅」から「1.17希望の灯り」
(この項続きます。)
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「東遊園地というのは、どう行けばいいですか?」
訊ねられたのは2日ほど間をあけてですが、いずれもまだ高校生か、大学生とおぼしき若い方だったこともあって、ちょっと驚きを感じてしまいました。
観光客なら、異人館がならぶ北野町とか、南京町とか、あるいはステーキやスイーツの名店の場所をきかれるのが普通ですが、東遊園地は決してそういう観光名所ではないからです。
東遊園地というのは、神戸の中心地・三宮の南にある、都心の公園。遊園地と名がついていますが、ジェットコースターやメリーゴーランドなどはなく、東京でいえば日比谷公園にあたる(規模は小さいですが)都心のオアシス、市民の憩いの場といった場所。
なんでも、明治初期に外国人居留地がつくられた折、その東側に設けられた、日本ではじめての西洋式公園だそうですが、その当時にはまだ「公園」という日本語がなかったのだそうで、苦心の命名だったのでしょう(爆)
この公園には「洋服発祥の地」とか、(「ボウリング発祥の地」というのもあった気が・・・)その他さまざまな文明開化を物語るモニュメントや、奇抜なオブジェや野外彫刻などが点々と並んで、興味のある方にはなかなか楽しいみどころ。私も子供の頃から好きな場所のひとつでした。
しかしその「市民の憩いの場」には、15年前の大震災を境として、もうひとつの性格が与えられ、市民の間に定着してきています。あるいは、神戸周辺以外の方々の間にも・・・
北側、三宮駅や市庁舎の側から公園に足を踏み入れた方は、まず金色の野外彫刻「マリーナの像」に迎えられることになります。何の変哲もない優美な女神像ですが、足元の説明版を読まれるとあらためてぎょっとされるかも知れません。
彼女の抱えた時計は、あの運命の時刻、午前5時46分を指したまま、動きを止めているのです。

その後、公園を散策されれば、震災で60cmほどもずれた地盤だとか、波打ったままの路面とか、いたるところに震災の生々しい傷跡がそのまま記念として残されていることに気づかれるだろうと思います。
そして、その中央の広場では、暖かな日中ならばサラリーマンたちがひとときの昼寝を楽しんだり、若者がフリスビーを投げあったりしているかもしれません。
けれども約1週間前の1月17日、あるいはTVのニュースなどでもご覧になったように、そこには数千本のロウソクのともし火が並べられ、終日被災者たちの静かな祈りに包まれていました。
いま、東遊園地は、私も含めた被災者たちにとって、またあの震災を忘れないで、語り続けようとする人たちにとっての、ひとつの聖地なのです。
その広場の隣には、震災5周年を記念して立てられた2つのモニュメントがひっそりとおかれています。
「希望の灯り」と、「慰霊と復興のモニュメント」。
この2つについては、私にはどうも冷静に語る自信がないので(汗)、第三者の方の記事をご紹介することにしましょう。
平尾亮さんのHP「何処か遠くへ~旅」から「1.17希望の灯り」
(この項続きます。)
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