東日本大震災 被災地の皆様 心からお見舞い申し上げます。
都内で生活している僕は、少しずつ生活が落ち着いてきているというか、少しずつ生活に「慣れて」きています。
Twitterではミュージシャンの方を多くフォローをしているせいか、「今、音楽をやるべきか?」といった議論が多く見られました。
現に今は自粛傾向で多くのライブやレコーディングなどがキャンセルされている状態だと思います。
また、Youtube、Ustreamを使って被災地のために捧げる音楽をつくって自ら発信しているミュージシャンも沢山見ましたが
被災地にメッセージを送っているのと同時に「自分の居場所を確認している」ように感じました。
音楽家としての社会的アイデンティティが揺らいでいるのがよくわかります。
「音楽は二の次。 衣食住というライフラインを確保しなければいけない今は必要とされていないのか、、、、」
僕は震災当日は、先輩のピアニストといっしょに北池袋にあるレコーデイングスタジオDEDE
さんで内見をしていました。
そこではneveの卓、pultecのEQなどのアウトボード、studerやtelefunken のアナログテープに収められたビンテージ機材の音のニュアンスの素晴らしさを再確認しました。
Protoolsを使って、プラグインを使って、、、というようなデジタル録音でも素晴らしい音はありますが、
時間とコストがかかってもアナログ機材のニュアンスはやはり唯一無二であると実感しました。
ただ、アナログテープを使っての録音などはすごく時間とコストがかかります。
他のレコーディングスタジオもそうですが、最近の価格設定はランニングコストで回すだけで精一杯だと思います。
こういったレコーディングスタジオを使うことは音楽の贅沢の極みですが、そこで作られる音を聴くと「時間とコストを使って音楽をつくる贅沢も大事にしなくてはいけない」と改めて強く思いました。
振り返ってみると、震災前から音楽を取り巻く環境が「質より手軽さ」を重視している傾向にあったと思います。
CDコンポ(レコード)から音楽を聴くことも少なくなり、多少音が悪くてもデータ容量が効率的なMP3ファイル、ipodや携帯電話のプレーヤーから音楽を聴くことが増えました。
僕自身がそうです。
また音楽制作をするにしても、ミス修正が簡単になり、ピッチ修正、リズムの修正なども時間をかけずにできるようになりました。
早い話が、大して練習をしなくても編集技術で何とかなってしまうんです。
でも、音楽で贅沢することを忘れちゃいかん訳ですよ。
小さな贅沢の積み重ねが音楽を豊かにしているのです。
まともな音環境で自分が好きな音楽を聴くと、絶対に感動の触れ幅が違います。
制作するにしても時間、コスト、適材適所な人材を使うべきです。
震災後、更に音楽業界の経済力が落ちることは目に見えていると思います。
Youtube、Ustream、ニコニコ動画などのソーシャルメディアを使って自分から音楽を発信していくミュージシャンはさらに増えるでしょう。
いわゆる宅録や、簡易的なPAシステムでのライブ録音で録音することがどんどん手軽に可能になっていることもその流れを後押しするでしょう。
音楽制作においても技術的な進化がさらにポジティブに制作意欲をかき立てることもあります。
この流れ自体は非常に良いと思っています。
誰にでも気軽に音源をつくれて、発表ができる。
届いて欲しい人に届きやすくなる。
気軽につくれたからこそ、できる名曲も沢山あると思いますし、安価な機材や音質が音楽の表現に効果的で「味」になる場合もあります。
僕自身も同様にこれまで以上に自ら発信していくつもりです。
けれども同時に
「音楽で贅沢を尽くす」ということも絶対必要
だと思います。
アホみたいに時間をかけて楽器を練習するとか
自分の音楽を一番良く録音できるレコーディングスタジオを使ったりとか
PCから音楽を聴くにしても良いスピーカーをつなげて聴くとか
そして生の音を聴きにライブに出掛けるとか、、、、
時間とコスト、労力を惜しむことによって知らず知らずのうちに音楽の鮮度が失われる可能性がある。
「音楽で贅沢することを忘れちゃいけない」
何より自戒の意味を込めてそう思います。
都内で生活している僕は、少しずつ生活が落ち着いてきているというか、少しずつ生活に「慣れて」きています。
Twitterではミュージシャンの方を多くフォローをしているせいか、「今、音楽をやるべきか?」といった議論が多く見られました。
現に今は自粛傾向で多くのライブやレコーディングなどがキャンセルされている状態だと思います。
また、Youtube、Ustreamを使って被災地のために捧げる音楽をつくって自ら発信しているミュージシャンも沢山見ましたが
被災地にメッセージを送っているのと同時に「自分の居場所を確認している」ように感じました。
音楽家としての社会的アイデンティティが揺らいでいるのがよくわかります。
「音楽は二の次。 衣食住というライフラインを確保しなければいけない今は必要とされていないのか、、、、」
僕は震災当日は、先輩のピアニストといっしょに北池袋にあるレコーデイングスタジオDEDE
さんで内見をしていました。
そこではneveの卓、pultecのEQなどのアウトボード、studerやtelefunken のアナログテープに収められたビンテージ機材の音のニュアンスの素晴らしさを再確認しました。
Protoolsを使って、プラグインを使って、、、というようなデジタル録音でも素晴らしい音はありますが、
時間とコストがかかってもアナログ機材のニュアンスはやはり唯一無二であると実感しました。
ただ、アナログテープを使っての録音などはすごく時間とコストがかかります。
他のレコーディングスタジオもそうですが、最近の価格設定はランニングコストで回すだけで精一杯だと思います。
こういったレコーディングスタジオを使うことは音楽の贅沢の極みですが、そこで作られる音を聴くと「時間とコストを使って音楽をつくる贅沢も大事にしなくてはいけない」と改めて強く思いました。
振り返ってみると、震災前から音楽を取り巻く環境が「質より手軽さ」を重視している傾向にあったと思います。
CDコンポ(レコード)から音楽を聴くことも少なくなり、多少音が悪くてもデータ容量が効率的なMP3ファイル、ipodや携帯電話のプレーヤーから音楽を聴くことが増えました。
僕自身がそうです。
また音楽制作をするにしても、ミス修正が簡単になり、ピッチ修正、リズムの修正なども時間をかけずにできるようになりました。
早い話が、大して練習をしなくても編集技術で何とかなってしまうんです。
でも、音楽で贅沢することを忘れちゃいかん訳ですよ。
小さな贅沢の積み重ねが音楽を豊かにしているのです。
まともな音環境で自分が好きな音楽を聴くと、絶対に感動の触れ幅が違います。
制作するにしても時間、コスト、適材適所な人材を使うべきです。
震災後、更に音楽業界の経済力が落ちることは目に見えていると思います。
Youtube、Ustream、ニコニコ動画などのソーシャルメディアを使って自分から音楽を発信していくミュージシャンはさらに増えるでしょう。
いわゆる宅録や、簡易的なPAシステムでのライブ録音で録音することがどんどん手軽に可能になっていることもその流れを後押しするでしょう。
音楽制作においても技術的な進化がさらにポジティブに制作意欲をかき立てることもあります。
この流れ自体は非常に良いと思っています。
誰にでも気軽に音源をつくれて、発表ができる。
届いて欲しい人に届きやすくなる。
気軽につくれたからこそ、できる名曲も沢山あると思いますし、安価な機材や音質が音楽の表現に効果的で「味」になる場合もあります。
僕自身も同様にこれまで以上に自ら発信していくつもりです。
けれども同時に
「音楽で贅沢を尽くす」ということも絶対必要
だと思います。
アホみたいに時間をかけて楽器を練習するとか
自分の音楽を一番良く録音できるレコーディングスタジオを使ったりとか
PCから音楽を聴くにしても良いスピーカーをつなげて聴くとか
そして生の音を聴きにライブに出掛けるとか、、、、
時間とコスト、労力を惜しむことによって知らず知らずのうちに音楽の鮮度が失われる可能性がある。
「音楽で贅沢することを忘れちゃいけない」
何より自戒の意味を込めてそう思います。