時間が経てば、社会が発達して、良い社会になり、人々は幸福になる。
そんな前進する時代であったか。
1990年から、今現在まで、すごく便利になる部分もありました。
しかし、その便利になる社会で、我々は本当に幸せになったか。
政権交代で民主党の故人献金脱税総理が、今回の政権交代は本当に民主的に行われたと言いました。
それで、我々の生活は良くなったか、幸せになったか。
どうもそうとは限らないようです。
便利、要するに、何かをすることに対して時間短縮になった、ちょっと変わったものが食べられるようになった。
まさに都会がそうで、便利でおしゃれな都会に行きたいと都会に行っていたのが、今では、都会はイヤだけど、仕事がないから仕方なく都会にいる。
都会が幸せをくれるわけではないからだ。
便利の本質を考える必要があるのではないか。
ただ、時間短縮しているだけだ。
その時間短縮できた時間を何に使うか。
その時間短縮の反面、失うものがあまりにも大きくないか。