どれだけ多くの国民に支持をうけることができるかということが政治にとって非常に重要なことですが、以前よりも、政治と国民の接点というものが変わってきたように思います。
以前は、政治家という利益供与者と受益者としての国民という関係。
道路を造ってもらったり、橋を造ってもらったり、補助金を出してもらったり。
地域の名望家に対する利益供与から、一人一人の国民に対する利便性の向上など、そういうつながり方だったと思います。
それが、全国に道路や橋ができまくって、道路があたらしくできたとしても、まったく国民の満足は向上しないし、また、一定の名望家への利益供与から、一般国民に行き渡る利益がほとんどなくなってしまっています。
それで、国民一人一人に、お金のつかみ取りをして渡す政策が進みつつあり、その一つが年金だと思います。
しかし、その年金が、じつは、お金が流れるパイプに大きな穴が開いていたりしていて、国民がとられる金額より、利益を受ける金額の方が少ない、または、世代間に給付の大きな差があるということがわかってきました。
どうも、政府の役割として、田舎のでこぼこ道しかない地域に舗装道路が初めてできたという満足のような、少額で大きな満足を与えることができるということが少しずつなくなってきていて、そして、いつのまにかほとんどない状態になっています。
そこでの政治家の利益供与者としての役割の終演があったように思います。
では、どのようにこれからの政治家は一人一人の国民に大きな満足度を与えることができるのかということになるのだろうと思います。
そこが一つの重要なところで、そういう意味でも小泉政権におけるワンフレーズポリティクスということになるのだろうと思います。
モノによる利益供与では、もう、満足しない国民の姿と、モノで満足させられない政府の姿、政治家の姿があるのではないでしょうか。
いかに国民に対して情報発信し、その情報発信により、満足を与えられるかということになるのでしょう。