A級戦犯と靖国神社というのは、日本の政治的な象徴であると思います。


 このことについてどう発言しているかで、その政治家の態度がわかります。




1 靖国神社廃止を発言している政治家について


  戦時中、靖国にまつられることは国のために命を捧げたという象徴でした。

 

  そういう象徴を戦後いとも簡単に廃止の声をあげれるということは、要するに、風見鶏的であり、世間の流れに簡単に流される今ウケればそれでいい無責任このうえないマスコミ政治家でしょう。


2 A級戦犯許せないと発言している政治家


  A級戦犯の意味をしらないほど無知なのにも関わらずウケをねらう政治家。

  もしくは、A級戦犯を攻撃することにより、ウケをねらう政治家。

  これもウケればそれでよし。

  要するに、ウケればすぐ裏切るような人間。


 そもそも、A級戦犯というのは、戦勝国である米国が勝手につくったもの。

 いかがなものか。

 よく、東条英機元首相がやり玉に挙げられますが、彼が、当時の法律を破って戦争を仕掛けたと言えるかといえば、全く、違っています。

 法律に従ったわけであって、二・二六事件とかみたいなクーデターを起こしたわけでもない。

 そういう政治家であり、軍人だったわけです。


 むしろ、正義感の強い政治家であり、敗戦となった場合、なんらかの責任を問われることはわかっていたわけであり、そういうなかで宣戦の決断ができたとういことでは決断力ある政治家であり軍人だった訳です。


 よく、当時の軍人は、魔法がかかったようにバカで強大な国である米国に勝てると思って戦争を仕掛けたと言われますが、そんなバカな軍人はひとりもいないわけで、東條元首相もわかっていました。


 そのくらい、日本は追いつめられていたわけで、もし、戦争の決断を彼が示さなければ、今頃、日本は西洋白人の奴隷となったことでしょう。


 そういう歴史の流れなしに起こっている議論は、いかにも、情報工作に引っかかった発言なわけです。


 そういうことを考えると、そういう情報工作にのって発言する政治家は、風見鶏的であり、これからの場面展開のいかんによってはあっさり発言を撤回し、180度違うことをいう政治だと言えます。


 そういう無節操な政治を許せるはずもなく、たたかっていかなければならないと思うわけです。