西松建設疑獄は、やはり、自民党に広がってきましたね。
そしたら、こっそり、書いてあった新聞記事、公務員改革法案延期だそうです。
検察庁は、やはり、官僚機構、要するに高級官僚の延命策を労しているわけです。
ここで、はっきり、書いておく必要がありますが、高級官僚とは、国家一種試験で採用されたエリート。
ほとんどが東大、京大、早稲田などの出身者で構成されています。
官庁がちがっても、出身大学が同じであったり、クラスが同じであったりすることもあるわけです。
その他の、一種以外の二種、三種の公務員の人たちは、正直、官僚機構としての蜜はないわけで、普通のサラリーマンをやっているわけです。
ここでは、一種を官僚と呼びます。
どうも官僚と一般の公務員が混同されて、同じような視点で叩かれています。
こうした高級官僚は、たしかに、特権階級であり、自らのミスの責任もとりません。
なんせ、年金で失敗したり、経済政策で失敗したりして、高級官僚が責任をとった話を聞いたことがない。
また、謝っているのはいつも失敗した官僚ではなく、その何代も後の後輩官僚もしくは、普通の公務員の人。
ただ、エリートコースというのは、どの社会でもあります。
人間は嫉妬心があります。
そうした嫉妬心を押さえさせるためには、エリートコースは非常に有効です。
嫉妬心をなくして、協働を行い、組織を円滑にすることは、全くムダなことではないと考えます。
しかし、そのエリートコースにいる者たちの自覚と責任感がなくなったとき、エリートコースはむしろ害悪となりはてるのです。
それが、現在の官僚たちなのかもしれません。
彼らは、もはや特権階級であり、エリートではないのでしょう。
そういう特権階級を保護するために、検察という暴力を使っているわけですから。
ただ、この検察の問題は、政治家ではどうにもなりません。
法務大臣の指揮権発動では、だめで、我々国民が検察に対して厳しい目を向けなければいけない。
安易なワイドショー的なことではすまされないのです。
本当に検察は正義をやっているのか、彼らは情報戦が巧妙ですから、違法でなくとも、我々国民にその人は悪いことをしているというムードをつくらさせるのです。