日本は、「人の死」を隠す文化だ。
我々、日本人は、「死」を頻繁に見ることがない。
死亡事故があっても、すぐに警察や救急車が死体を搬送するし、病室で人が死んでも、すぐに隔離してしまう。
そのためか、我々、日本の社会は、誰にでも訪れる「死」についての訓練はおろか、「死」についての考えさえも教わらない。
どこからが「死」なのか、たとえば、「脳死」は人の「死」なのか。
それとも、体細胞がすべて死滅するまで「死」ではないかのか。
現在、日本では、心臓の停止だけでなく、瞳孔の収縮など、いろいろな判断を持って「死」を決定している。
ただ、科学の進歩により、心停止しても、人工心臓により、心臓の活動を行うことができる状態が可能だ。
果たして、「人の死」とはなんなのか。
議論を行う必要がある。