政治について、おかしいと思うことはないだろうか。


 どうしてそう思うのか。


 そのことを書き出してみて、メモをとっておき、ブログで発表する。


 そうやって、自分の意見を表明することが重要である。


 現在、日本のメディアでは、特定の思想の持ち主との利害関係だけが重視されているので、決して自由な言論の場とはいえる状況ではない。


 それは、ブログなど個人がサイトとなる情報の場でいわゆる右翼調のものが流行していることをみるだけもわかるだろう。


 しかし、テレビや新聞でそういう意見があるかといえば、ほとんど、ない状況である。


 この異常な状況を、われわれは気づく必要がある。


 ただし、少しずつ、変化が始まっている。


 そもそも、朝日新聞は戦前では右翼調の記事ばかり載せていたが、戦後になると現在の状況になった。


 なぜ、そうなるかというと、儲かればいいという商業体質とクレームがつかなければいいという事なかれ体質である。


 大手のメディアは、少しのクレームがくると予想される記事は載せないのである。


 よって、少しのクレーマーが騒げば、記事を差し止めることができるのだ。


 しかし、良識のある日本人はそのようなことをしない。


 だから、本当の日本人のための記事は載ることがない。


 それでも、自宅の郵便受けに新聞がくるという宅配制度によって、新聞は維持されているのである。


 昨日は、政治を変えるためには、一票をと著者は主張したが、今日は、政治を変えるためには、新聞は自分でいいと重う新聞をコンビニで買えと主張したい。


 意味なく買わないということが、情報を変えるひとつの方法である。


 情報を変えることは、政治を変えることにつながるのである。