平成を考えると、バブル経済、そして、オウム真理教によるテロは見逃すことができない問題である。


 オウム真理教とは、なんだったのか。


 このオウムの問題が、ただのカルト集団の爆発とだけみることはできないと考える。


 なぜなら、オウムのサリン事件は集団による、官僚組織を狙ったテロを行っているからである。


 官僚組織に対する冷静な分析をオウムはどうやら行っている形跡があるのだ。


 つい最近、小泉容疑者による厚生官僚の暗殺事件があったが、官僚こそ日本国を作り出す組織としてとらえ、テロの手段してとらえたのは、オウムだったといっても過言ではない。


 オウムがサリン事件を起こしたころ、当時の政権は村山政権であり、社会党の党首が総理であり、実質の政権運営は自民党により行われていた。


 また、阪神大震災時に村山はリーダーシップのなさを明らかにしていた。


 政権の弱さを露呈してなかでのテロ行為だったのである。


 ただ、たとえサリン事件で日本の官僚組織に対して一撃を加えたとしても、その後の実権掌握のためには、なんらかの力が必要になったはずだ。


 その力の担保無くしてサリン事件を起こすことがあるだろうか。


 もし、その力の担保がないのであれば、大金をもって、南米辺りにでも逃亡したほうがいいのではないか。


 そう考えると、なんらかの力が日本に迫っていたのではないかと考えるのは当然だろう。


 しかし、そういうことが全く明らかにされずに、オウムの事件は幕を閉じ、かつ、マスメディアでもほとんど言われなくなってしまった。


 はたして、この裏にあるものは、何だったのか。


 また、その恐怖は再度ありうるものなのか。

 

 オウム事件とはわすれてはならない重大事件なのである。